その788 祝賀会

 我が名はルーク。

 偉大なるミケラルド・オード・ミナジリの分裂体である。

 なんて気取ってみても、脳内の情報に誰もつっこんでくれるはずもなく。

 今日は珍しく主役不在の祝賀会があるとの事で、お邪魔してみました。主役が不在なら脇役が参加すればいいじゃないという事で、分裂体としてやって来ると、エメリーとアリスが超ビックリしていた。

 エメリーのドジっ娘気質を利用して賭けをしたのだが、ラッツの助けとハンの邪魔が入ってしまい、賭けは不成立。

 神聖なるドジっ娘を賭けの対象にしたのが祟ったのだろう。

 聖女は苦悶の表情を浮かべながら、エメリーの席に十枚の白金貨を置いていた。俺も懺悔のつもりで同じようにした。

 しかし、今後一週間、俺はハンに対するプレッシャーをかけていきたいと思う。模擬戦とかあった場合、あの白い歯は無事では済まないかもしれない。あと命。

 ハンが「何か寒くねぇか?」と両肩を抱え震えている中、エメリーはキョトンとした顔で白金貨をちょんちょん指でつついている。


「あの、これ何ですか?」

「「慰謝料です」」

「私……何かされましたっけ?」


 困り顔のエメリー。

 そんな無邪気なエメリーを見て、アリスが顔を背ける。


「あの、アリス……さん?」

「アリスさんは振り返り症っていう病気にかかってるみたいです」

「さっきまであんなに元気だったのに……」

「ところで、ゲバン様とお会いになったそうですね」

「あ、そうなんです。騎士団の方々が恐縮しちゃって、私も恐縮しちゃいました」


 流石はエメリー。話題を変えた途端にしっかり食いついて。

 純粋過ぎて世俗に塗れた自分を呪ってしまいたい。

 アリスもそう思って振り返り症に罹患りかんしたのだろう。


「それで……先程ルークさんが言ってたのって?」

「先程? あぁ、アレですか」


 ――いるんですよね、そういう人。


「それ、私も気になってました!」


 ぐいと肉薄するアリス。


「アリスさん、振り返り症はもういいんですか?」


 キョトンとするエメリーちゃん。

 余計な事言いやがって、と俺を睨むアリスの目は魔族四天王より恐ろしい。あ、俺って魔族だから聖女の目の方が怖くて当然か。


「ん?」


 小首を傾げるエメリーだったが、ここで話を変えても仕方ない。


「某将軍閣下は善人とも悪人とも言えない性格をしてらっしゃると思います」

「それってどういう人です?」

「そうですね、たとえばアリスさんが最高の聖女になる道があったら、その道を迷わず進むでしょう?」

「まぁ……そうですね」

「その道に障害物があったとしたらどうです?」

「うーん……何とかして乗り越えたり、避けたりするんじゃないですかね?」

「それが一般的な考え方だと思います。ですが某将軍閣下は違います」


 エメリーとアリスが顔を見合わせた後、また俺を見る。


「全てをなぎ払って真っ直ぐその道を進むんですよ」


 そう言うと、二人は固まってしまった。

 硬直したというのが正解かもしれない。


「そこに善や悪はありません。我が道を塞ぐなど言語道断……くらいには考えてるかもしれませんがね。こういうのを覇道っていうのかもしれませんね」


 そう言ってからミルクを呑むと、目の前にエルフの姫がやって来て腰掛けた。


「おめでとうございます」


 何に対して、を言わないあたり、メアリィは俺の立場を考慮してくれているのだろう。


「話は聞いてました。シェルフにもその方からアプローチがありました」

「そんな事話していいんですか?」

「お爺さまには私から説明すると言ってあります」

ルークわたしでいいんですか?」

「クレアがこのテーブルの音声遮断をしてくれてます」


 メアリィがそう言うと、俺はクレアの方を見た。

 恥ずかしそうに軽く会釈されたので、控えめに手を振っておいた。


「それで、ゲバン殿は何と?」

「どうやらミナジリ共和国を孤立させるつもりのようです」

「え?」

「シェルフからミナジリ共和国の輸出品を全て買い占めようとしているようですね。バルトさんから聞いたので間違いありません」

「小国とはいえ一国の輸入量を規制しようとしたんですか? あの人、そんなにお金動かせるんです?」

「それが、よくわからないんです……」


 どういう事だ?


「勿論、バルトさんは断っていらっしゃいました。たとえ法王国との交友を切られたとしても、ミナジリ共和国との交友を重要視したのでしょう」

「経済戦争を仕掛けてきてるって事、ですか。戦争を起こさず、他国を苦しめる。大国ならではのやり方ですけど、ちょっと気になりますね。軍部ばかりに目が行ってましたけど、ゲバン殿は国庫にも顔が利くのかもしれませんね」


 そこまで言うと、アリスが立ち上がって言った。


「そんな! もしバレたら辞職で済む問題ではありませんよ!?」

「だからこそ、なんでしょうね。ゲバン殿は早々に決着を付けるつもりかもしれません。たとえ国庫に手を出していたとしても、どうにでもなる方法――」

「そんな方法……あるんですか?」


 俺が答えを出さずとも、政治の世界をよく知っているメアリィが教えてくれる。


「……法王陛下の……暗殺?」


 メアリィの言葉によってエメリーとアリスが絶句する中、俺は一人考えていた。法王クルスの命を狙う? 

 誰が? ゲバンの実力を考えれば良くて相打ち。

 それが可能な人物を考えていると、何故か脳裏にちらつく――あの女、、、の顔。

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