◆その781 はじめてのまかいしんこう4

「ごめんくださーい」


 キャップを被り、作業着を着たミケラルドが更に続ける。


「すみませーん! 近隣から苦情があがってましてー! 他国に迷惑を掛ける年増としまと陰湿な男がここにいると聞きましてー! 点検に来たんですけどー?」


 扉に向かってそう言うも、中からの反応はない。

 しかしミケラルドは気付いていた。

 魔族四天王、魔女ラティーファの屋敷には大きな三つの魔力があるという事を。

 一つ、魔女ラティーファ。

 一つ、魔人。

 一つ、リプトゥア国の元国王ゲオルグ。


「返事がないようなので早速点検しちゃいますねー」


 ミケラルドがそう言うと、ラティーファの屋敷が大地ごと浮かびあがったのだ。

 屋敷内で大きな揺れと浮遊感を感じたラティーファが言う。


「ま、まさか……【サイコキネシス】で屋敷ごと……!?」


 ラティーファの推測は正しかった。

 だが、それ以上の事は理解出来なかった。

 直後、魔人が気付く。


「っ! ラティーファ様! すぐに脱出を!」


 魔人がそう叫んだ時、ラティーファもゲオルグも全てを理解した。

 屋敷の中に響き渡るミシミシとした気味の悪い音。

 窓に向かって走り始めた三名だったが、サイコキネシス障壁がそれをさせなかった。

 窓が割れるも、その破片は全て屋敷の中に飛び散る。


「くっ!? このまま障壁で圧し潰す気!?」


 その言葉が正解だと言わんばかりに屋敷がワンサイズ小さくなる。四方八方からサイコキネシスで圧力を掛けられた屋敷は、一つ、また一つと小さくなっていった。

 脱出口はない。

 だが、脱出しなければ圧死。


「おぉおおおおおおおお!」


 ゲオルグが剣を大振りし障壁に攻撃を仕掛けるも、簡単に弾かれてしまう。


「【カオスランス】……!」


 魔女ラティーファの闇魔法も、障壁にはダメージがない。


(これ程までの精神力、やはりただの吸血鬼ではない……!)


 歯痒そうに、そして焦燥隠せない様子のラティーファの横を、魔人が通る。


「ラティーファ様、おどきください」


 ぐっと腰を落とし、勇者の剣(仮)を横一線。

 ピシリと入った罅を見て、ラティーファが叫ぶ。


「今です!」


 障壁に向かい、三人の猛攻が始まった。

 罅が大きくなり、やがて割れ、


「おぉおおおおおおおおおお!」


 決死の表情のゲオルグが渾身の一撃をもって障壁を突き破った。直後、魔人がラティーファを抱きかかえ、三人はようやく屋敷を脱出する。

 屋敷の外では、


「よ、ほっ、こうか?」


 と、そんな事を言いながら屋敷の平べったく圧縮し、折り鶴を折っていた。

 絶対的な力を目の当たりにし、ゲオルグは見上げるばかりで何をする事も出来なかった。

 しかし、魔人は動いた。


「カァアアアアアッ!」

「あ、ちょっと待ってください。最後に空気入れなくちゃいけないんですよ」


 軽口のようにそう言いながら、ミケラルドは魔人の剣を摘まんで止めた。


「なっ!?」

「わかってませんね~。私とアナタは魔族のリプトゥア侵攻時に互角だっただけであって、今となっては結構な差がついているんですよ。あ、決死の脱出劇見させてもらいました。動画にもバッチリ撮らせて頂きましたよ。普通は正義のヒーローが力を合わせるもんですが、悪の三人が必死の形相でサイコキネシスを破るところを見た時、面白い世界線に来ちゃったなーと笑わせてもらいました」


 にこりと笑ったミケラルド。

 だが、これだけ煽られたにもかかわらず、三人は何も出来なかった。

 魔人の攻撃こそ、現在の魔族が保有する最高の矛である。

 しかし、その攻撃は簡単に摘ままれ、ビクともしないのだ。


「あ、この剣なんですけど、私が造ったやつなんで返してもらいますね」


 そう言って、魔人から引っこ抜くように勇者の剣(仮)を奪うミケラルド。

 一瞬、奪われた事に気付かなかった魔人は、ミケラルドの手に剣がある事を認識してから自分の手を見た。

 ミケラルドはニコニコと折り鶴の腹に風魔法で空気を入れる。


「んー、中々難しいもんですね」


 そう言って、大地にドスンと置かれる屋敷の折り鶴。

 しかし、サイコキネシスを解いた直後、自重によって両翼が音を立てて崩れてしまう。


「ありゃ、単純な圧縮だけじゃあれが限界か。そうだ、接着剤を作ろうかな。あれは中々便利だし……」


 魔界侵攻とは全く関係のない話を零しつつ、ミケラルドがラティーファ、魔人、ゲオルグを見る。


「くっ、ハァアアアアアアッ」


 魔人が拳を振るも、ミケラルドの強固な魔力障壁にはびくともしない。

 ラティーファの魔法も、とるにたらない魔法と手の甲で払って終わり。

 ミケラルドは顎を揉み、思い出すように言った。


「そういえば……魔族四天王の進化が目的で魔王の復活を遅らせていたみたいじゃないですか?」


 ラティーファと魔人は視線を一度合わすも何も答えない。


「あぁ、いいんですよ。霊龍に聞いて知ってるんで隠さないでも。何でも? 魔族四天王の進化が成れば、龍族すらも相手どれるらしいですね。流石にそれは怖いじゃないですか? だから早急に魔界を潰す事にしました。一事が万事って事ありますからね。こういう徹底的なところ、自分でも結構好きなんですよ。だから――」


 ミケラルドが言う。

 魔界全土に広がる魔力を放出し、圧倒的な力の差を見せながら。


「――今日ここで全てを終わらせたいと思います」

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