◆その780 はじめてのまかいしんこう3

「こ、この俺様を……猫だと!?」

「違うのか?」


 真顔で首を傾げるジェイルに、レオの怒りが頂点を迎える。


「カァアアアアアアアアアッ!」


 大地を蹴り、【冥府の鎌】を振る。

 ジェイルはこれを流し、いなし、かわした。

 しかしそれでもレオは止まる事はなかった。


「ハァアアアアアアアアアアアッ!!」


 最早もはや戦術など頭にないようななりふり構わない攻撃の嵐。魔力の余波、衝撃、斬撃により魔族の被害は甚大。

 風になびく柳のように、ジェイルが動き、レオの攻撃を寄せ付けない。ただし、その攻撃を正面から受ける事だけはしなかった。

 これを見ていたリィたんが「ふむ」と小さく零す。


(レオの力だけは厄介だからな、正面に回らないのは正解だ。しかし、流石はミックの師匠というだけある。龍族の私をして巧者と断ずる他ない。ただの一つも無駄がない。一見無駄かと思えた動きも、後にきてくる……)


 ジェイルの動きは、リィたんをもってしても完璧と言えた。

 レオの攻撃を全てかわし、着実に攻撃を当てていった。レオ本人にではない、魔王の遺物レリック【冥府の鎌】に対してである。

 いなし、流す際に当たる攻撃カ所は全て武器破壊への布石。

 頭に血の上ったレオが、それに気付くはずもなかった。


(よし……!)


 次にレオが攻撃を放った時、遂にジェイルはそれを正面から迎え撃った。【冥府の鎌】を根元から打ち、叫ぶ。


「竜剣、神牙こうが!」


 それは、斬るというより衝撃を重視した一撃。

【冥府の鎌】は根本からひび割れ、


「ぬん!」


 ジェイルの最後の気合いと共に、甲高い音を発し破壊された。


「な、何ぃ!?」

「力だけで何とかなる相手としか戦っていなかったという結果だな」


 手から零れ落ちていく闇の破片を握り、レオが悔しそうな表情を見せる。


「く、許さねぇっ! ぶっ殺してやる!」

「それは私に向ける言葉ではない」


 そう言うと、レオは目を丸くした。

 ジェイルはレオの殺意ことばを辞退したのだ。

 直後、「私の役目は終わった」と背を向けたジェイル。怒り露わに走り出したレオだったが、それを止めるように間に降り立ち大地を穿つリィたん。


「私を忘れてもらっては困るな」


 顔、次第に身体を強張らせるレオ。

 五色の龍の一角、水龍リバイアタンの魔力は、押し掛けていた魔族の意識を刈り取った。

 ニヤリと笑ったリィたんが静かに腰を下ろす。

 瞬間、ドンという鈍い音と共に、レオは魔族という壁を吹き飛ばしながら集落の端まで吹き飛ばされた。

 大地を爆ぜさせたリィたんの脚力、そして振りかぶった龍の拳。レオの顔を捉え、歪み吹き飛んだその過程を見ていたジェイルがリィたんの背中に向かって言う。


「ハルバードは使わないのか?」

「奴も武器はなかったしな。それに、あの生意気な顔は一度へこませておきたかった」

「物理的にへこんだぞ、きっとな」

「はははは……さて、大詰めだ」

「やはり烏合うごうしゅうだな。レオに勝ち目がないとわかったや否や皆逃げ始めた。私はナタリーに連絡を入れておく。レオは任せていいな?」

「誰に物を言ってる?」

「無論、頼りになる仲間に、だ」

「ふふふ、いいものだな。仲間というのは」

「あぁ」


 二人はそう言って背を向けたのだった。

 ただ、自分の役割しごとを全うするという意思を顔に浮かべながら。


 ◇◆◇ 北東 ◆◇◆


 各地の異変を真っ先に感知したのは不死王リッチだった。

 しかし、他の魔族四天王の情報網が杜撰ずさんだという訳ではない。

 魔女ラティーファは各地に配備していた【魔族の賢者ドルイド】の魔法信号によって魔界の異変を知った。

 屋敷でそれを知ったラティーファの顔には、焦りが見えた。


「魔人、ゲオルグ」


 音もなくラティーファの下へ現れる二人。


「「はっ」」

「スパニッシュが死にました」

「っ!?」


 驚きを露わにしたゲオルグ。

 反対に魔人は冷静な顔つきで言った。


「ミナジリ共和国でしょうか」

「現在魔界に対抗できる国家はあそこしか考えられません。信号を読み取る限り、ジェイル、リィたん、ミケラルドが来て……いえ? 不死王リッチにの下にも、雷龍シュガリオンが現れたようですね」

「魔界侵攻……ですか」


 魔人が言うと、ゲオルグは一瞬身体を震わせた。

 圧政の結果リプトゥア国を追われ、亡命した先が魔界。

 魔界で生き残る手段は武力を魔族に捧げる事しかなかった。

 だが、ゲオルグは魔界で知った。自分がどれだけ井の中の蛙だったのかを。

 当時、数で押せば倒せると思っていたミケラルドもミナジリ共和国も、かつての姿はない。今や逆立ちしたとて敵う相手ではない。そう理解しているのだ。

 だからこそ、ミナジリ共和国が亡命先に侵攻して来た事は、ゲオルグにとって正に青天の霹靂へきれきと言えた。


「ゲオルグ」


 ラティーファが言う。


「は、はっ!」

「時間を稼ぎなさい」

「……は?」


 ゲオルグが見上げた先には、冷酷な魔女の姿があった。

 目を点にさせるゲオルグにラティーファが言う。


「もう忘れましたか? お前の役目は私の露払い。その仕事の対価に魔界ここにいられるのでしょう? 違いましたか?」

「…………」


 言葉を失うゲオルグ。

 茫然としながら跪くゲオルグの横を通り過ぎるラティーファと魔人。

 だが、そんな二人の足を止める程の出来事が起こった。

 屋敷の扉から響くノック音と陽気な声。


『ごめんくださーい』

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