◆その779 はじめてのまかいしんこう2
北西にある牙王レオの根城。
ここは、レオの性格もあり、屋敷というものが存在しない。
集落のような部族的民家が多々あり、その中のひと際大きな家。家というのにはあまりに開放的な、壁のない場所だった。
片隅の民家の方で喧噪が聞こえ始める。
その区画には多くのリザードマンが居を構えていた。
リザードマンたちが凝視する男――ジェイル。
悪びれる様子もなく、堂々と、ギラついた視線とオーラを周囲に発しながら。
「あ、あれジェイルだろう?」
「赤黒い皮膚、黄金の瞳、首元にある三本の斬傷。間違いない、勇者殺しのジェイルだ!」
「何しに来たんだ……」
「あいつは魔族を裏切りミナジリ共和国に付いたんじゃねぇのか!」
そんな中傷を一身に受けながら、しかし尚も真っ直ぐ堂々と歩く。リザードマンたちはジェイルに声を掛けない。掛ける事すら出来ないのだ。
その背後には、【魔槍ミリー】を両の肩に担ぎ、陽気な表情でジェイルに話しかけるリィたんがいたのだから。
「人気者じゃないか」
「まったく、魔族だの人間だのと考えがリザードマン種の成長を妨げていると何故気付かないのか」
「追い出されたのか?」
「人間の食事を好んでいれば疎遠になるというだけだ。変な確執はない…………と、思う」
「はははは、その言い方、ミックに毒されているんじゃないか?」
「ミックの言葉を毒というリィたんも大概だと思うが?」
「毒はミックが吐いてこそだろう? 他の者が吐いても違和感を覚えるというだけの話だ」
「なるほど、それは面白いな」
二人の会話は敵の集落のど真ん中だというのにもかかわらず、世間話のようだった。
しかし、その会話に口を挟める者はいなかった。
いるとすればただ一人。野蛮な魔族を
広場まで歩いた二人が眼前に捉えたのは、仁王立ちし、嬉しそうに二人を睨むレオだった。
「何の用だ、なんて聞くのは野暮ってもんだよなぁジェイル?」
レオがそう聞くも、答えたのはジェイルではなかった。
「たかが獅子の王如きが、竜種と龍族に歯向かうのは野暮だと思うが?」
ニヤリと笑って言ったリィたん。
たった一言だったが、それがレオの逆鱗に触れた。
歯を剥き出し、今にも襲い掛かってきそうな表情を見て、リィたんがジェイルに視線を向ける。やたら嬉しそうな表情で。
ジェイルはそれを見て、愛弟子の前かのように呆れた表情を見せた。
「わかったわかった、ちゃんと煽れていた」
「だろう!?」
「まったく、ミックに毒されているのはリィたんの方じゃないのか?」
額を抱えるジェイルにニカリと笑い、リィたんが一歩下がる。
それを背で見送ったジェイルが言う。
「やらないのか?」
「何とか一騎打ちに持ち込み、ジェイルだけ倒せばリィたんから逃げ切って見せる。そんな顔をした間抜けに付き合ってやるだけだ」
「ふむ、それも一興か」
言いながらジェイルが【魔剣ジェラルド】を引き抜く。
そんな二人の会話を唖然と見ていたレオは、自分が馬鹿にされたと理解し、更に怒気を向ける。
魔族四天王、
そして、配下が持ってきた漆黒の巨大な鎌を持ち、ジェイルに向ける。
「生前の魔王が魔族四天王に渡した
「ふん、怖気づいたか?」
「今の話のどこに怖気づく要素があった? 破壊対象が目の前に現れたのだ。喜びこそすれ怖がる事などない」
その目は血走りながらもその行動自体は至極冷静だった。
(流石、力だけでのし上がっただけの事はある。魔力はともかく、本気になったレオの膂力は私と同等かそれ以上。リィたんが背にいるとはいえ……情けない姿は見せられないな)
直後、レオが吼えた。
「ウォオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
【冥府の鎌】を真横に振り、巨大な斬撃を飛ばす。
「っ! 竜剣、猛火!」
斬撃を更に強力な斬撃で真っ二つにするも、その余波は後ろまで飛んでいく。
リィたんは【魔槍ミリー】を大地に突き立て余波を防ぐも、レオたちを取り巻いていた魔族たちは真っ二つになってしまう。
「部下は大切にしろ」
「ぬかせ! かわせぬ方が悪い!」
「魔族的考えだな、竜剣、稲妻!」
瞬きすら許さぬ神速の一刀。
レオにこれをかわす手段はなかった。
だが――、
「しゃらくせぇ!!」
大地を踏み抜き、弾け上がった土や岩がその一刀を減衰させた。
これによりジェイルの剣は防がれてしまう。
「魔界を出る前の私ならば、ここまで……か」
「何っ!?」
「竜剣……昇竜!」
【冥府の鎌】ごと巻き上げ、ねじり込む荒業。
武器のコントロールを失い、その衝撃をまともに受けたレオの顔が歪む。
「ぐっ! き、貴様ぁあああああああ!」
「ふん、猫は気分屋と聞くが、本当だったようだな」
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