◆その778 はじめてのまかいしんこう1

 スパニッシュの首が消滅した時、ミケラルドは顔を歪め、頭を抱えた。


「し、しまったぁっ!?」

「む? どうしたミック?」


 リィたんが聞くと、四つん這いになり後悔を体現したかのようなミケラルドが言った。


「スパニッシュの首を証拠として持って帰らないといけなかった……」

「ん? どういう事だ?」


 小首を傾げるリィたんに、ショックの大きいミケラルドは答えず、代わりにジェイルが答えた。


「各国に魔族四天王を倒した証明が必要だったという事だ」「だが、今回はカメラマンが同伴だろう?」


 そう言って、リィたんは木陰に隠れているラジーンを指差した。木陰にいたラジーンがビクリと反応する。


(何であの位置から私の場所がわかるんだ……)


 ラジーンの付き添いこそ知っていたものの、リィたんはその隠れ場所までは知らなかった。しかし、それでもすぐにその居場所を把握したリィたんに恐怖を覚えつつ、ラジーンは諦めたかのように立ち上がった。


「しっかりと撮影致しました。その胴体と両腕があれば問題ないかと」

「え、そう?」


 言いながらミケラルドの表情が明るくなる。


「いや~、初めての魔界侵攻だから勝手がわからなくてさ」

「は、ははは……そんな散歩のような口調で……」


 困惑するラジーン。


「まぁ、今後は出来るだけ首を傷つけないようにしよう」

「ふむ、そういえばミックはパーシバルに土産を強請られていたしな」

「いや、リィたん……パーシバルのアレはそういう意味じゃないと思うけど?」

「さて、次は牙王レオの首だな。魔界にミナジリ共和国の侵攻が広まる前に北西の根城を叩く。ジェイル、遅れるなよ」

「それはラジーンに言うといい」


 言いながらリィたんとジェイルはラジーンを見る。


「ひっ!?」


 まぁ、レオの根城にテレポートポイントはないから、付いて行くのが一番大変なのは、カメラマンのラジーンだよな。


「ま、まぁ頑張ってよ」


 ミケラルドはそう言いながらラジーンの肩をポンと叩いた。

【疾風迅雷】や【ヘルメスの靴】、【スピードアップ】などの速度強化バフ魔法をラジーンに施し、ミケラルドは三人を見送ったのだった。


「塩漬けの首をパーシバルにお土産……か。アイツ泣くんじゃないか?」


 零した後、ミケラルドは北東のラティーファの屋敷に向かうのだった。


 ◇◆◇ 南西 不死王リッチの屋敷 ◆◇◆


 上空に佇む雷龍シュガリオン――シュリ。

 彼女は屋敷を見下ろしながら、事態に気付いたレイスたちを睨む。


「小物が我が享楽を邪魔するな」


 小さな紫電が走り、レイス、アークレイスを消滅させた後、シュリの肉眼は魔族の中でひと際大きな浮遊する骸骨を捉えた。


「いたな、不死王リッチ」

「…………」


 無言を貫くリッチ。


「我が古き記憶では、お前が喋った事はほぼなかったな。だが、その記憶も今日が最後だ。何かあれば聞いてやるが?」


 言うも、リッチは無言のままだった。

 怪訝に思ったシュリが一瞬眉をひそめる。


(逃げるという選択肢以外を選ぶ愚かな奴ではなかったはずだが?)


 シュリも性格上、逡巡しゅんじゅんするという事はない。すぐさま空を蹴り、リッチの正面に回る。だが、それでもリッチは動きを見せなかった。


(我が動きを捉え切れぬならば何故出て来た……?)


 そのままシュリが五指を振り下ろす。

 直後、リッチの正面にあった魔力障壁が甲高い音を発して壊れる。それとともにリッチが後方へ吹き飛ぶも、傷を負う事はなかった。


(捉えられた? ……いや、奴の戦力がそれ程あるとは思えない…………っ! そうだ、思い出した! 過去数例しかない不死王リッチの力を!)


 思いながら、シュリは下方にいる無数の不死者たちを見た。


「そうか、リッチの固有能力【同期リンク】と【同調リンク】か……」


同期リンク】――不死者の王であるリッチは、他の不死者の視覚などの五感を共有する事が出来る。

同調リンク】――同期リンクによって五感共有をした不死者たちに同期リンク元と同等の運動性能を与える能力である。しかし、この能力を使うと、同期リンク元の運動性能が低下する。


「【同期リンク】によって自身の感覚を共有した不死者たちに、【同調リンク】によって自身の力を与えた」


 ふわりと浮かび上がってくるレイスとアークレイス。


「魔力こそ上がらないが、運動性能は格段に向上している。なるほど、遠目の矢を捉えるかの如く我が動きを読んだか」


 後方で不死者たちに守られたリッチは、更に魔法を発動する。


「闇魔法【ダークオーラ】でレイスたちの能力を底上げ……なるほど、他の魔族四天王がお前に従う訳だ……!」


 言いながら、シュリはレイスたちを睨む。


(いつかのリプトゥア侵攻もこの力を使えば勝てたはず。なるほど、リッチ自身の能力低下による自死を危惧したか。……それ以上に、勇者と聖女の拉致を優先させたとも言える)


 勇者と聖女への固執。

 魔族四天王リッチの狙いこそ読めなかったシュリだが、このままでは分が悪い。何故なら、リッチと同等の運動能力を持った不死者の数は、既に千を超えていたのだから。


「はっ!」


 次の瞬間、シュリの強大な魔力が解放された。

 過去ミケラルドを追い詰めた以上に発揮されたソレは、魔力の波動だけで不死者を後退させた。


めるなよ……下郎!」

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