◆その777 強襲2

 魔界の南東、スパニッシュの屋敷を覆う膨大な魔力。

 水龍リバイアタンの魔力が屋敷を包み、その中央を歩く一人の剣士。

 けたたましい音を立てて扉を開けた牙むき出しの男――スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエル。


「こ、これは一体っ!?」


 周囲を見るも、眼前にはジェイルのみ。

 だが、その魔力はジェイルだけのものではない。


「くっ!? 龍族か!」


 強靱な爪を伸ばし、ジェイルを威嚇しつつ魔力の網を張るスパニッシュ。


「援軍はいないのか?」


 ジェイルが聞く。


「このような暗殺まがいの事、人間界の総意なのだな?」

「いや」

「何?」

「ミケラルド・オード・ミナジリの決定だ」


 そう淡々と述べたジェイルに、スパニッシュが怒りを露わにする。


「呼び起こしてやった恩を仇で返すとは親不孝な餓鬼だ……!」

「それもそうだな。だが、孝行息子とも言えるぞ」

「何ぃ?」


 そう聞くと、ジェイルはちらりと上空を見るも、すぐにスパニッシュへ視線を戻した。

 直後、スパニッシュは上空から迫る巨大な魔力を感じ取った。


「っ!? 津波かっ!」


 巨大な水の塊がまるで鞭のようにしなりを見せ、スパニッシュの屋敷を貫く。かろうじてかわしたスパニッシュが、水の上でニヤリと笑うリィたんを睨む。


「水龍リバイアタン……!」

「ミックの父君と聞き挨拶に参った」


 そんなリィたんの言葉を受け、スパニッシュがジェイルを見る。


「龍族の知己を得て実家に帰ったのだ。孝行息子と言えるだろう?」

「半端なトカゲと邪龍が群れたところで、魔界を滅ぼせるとは思えんな! はっ!」

「【ゾーン】を使うならば扉を出る前が正解だな」


 範囲転移魔法【ゾーン】から出て来たスパニッシュだったが、その出口には既にジェイルの剣撃があった。正面に迫った剣撃を両の爪で受けるも、その威力凄まじく爪に亀裂が走る。


「くっ!? 何だその剣は!?」

「【勇者の剣】に匹敵するミックの傑作――【魔剣ジェラルド】だ」


 スパニッシュが息を呑む程の輝き。オリハルコンの青と、血のような赤が入り交じり、歪な模様ながらも剣がまとう猛火の如き魔力は絶大。


「ジェイル、この【魔槍ミリー】を忘れてもらっては困るな」


 次にスパニッシュに向けられたハルバードは、水の魔力を静かに湛え、、まるで水の如き透明度は、斧の刃、槍の先端を見失う程である。


「な、何だそれは……それだけの魔力……アーティファクトではないな!? それは……それは一体!?」

「アーティファクトじゃないという事だろう」


 ジェイルの指摘に、スパニッシュが気付く。

 しかし、すぐには反応出来なかった。

 わなわなと震えるスパニッシュが、目を血走らせながら言う。


「ま、まさか……【遺物レリック】だとでも言うつもりかっ!?」


 アーティファクトの制作者が死ぬと、そのアーティファクトは遺物レリックとなる。それがこの世界のことわりである。

 その性能はアーティファクトより向上し、より希少性も高い。

 だが、ジェイルとリィたんはニヤリと笑い、こう言った。


「「いや、もっと上だ、、、、、」」

「っ!?」


 スパニッシュの衝撃が続く事はなかった。

 次の瞬間には、ジェイルの斬撃、リィたんの刺突がスパニッシュの両腕を切断し、抉り飛ばしてたからだ。


「ガァッ!?」


【ゾーン】を発動する暇もなく、為す術がなかったスパニッシュは、そのまま大地に膝を突き、ただただ二人を睨んだ。


「……こ、このままで済むと思うな! 魔王様が復活し、私が更なる覚醒を経た時、我らの力は龍族を超えるのだっ! 私が死のうとも、他の者がその仇を討つ!!」


 ――やだな~、だから全員倒しに来たんじゃないですか。


「っ!?」


 そんな軽い言葉に硬直するスパニッシュ。

 軽い足取りと陽気な鼻歌。

 ジェイル、リィたんですら、一瞬顔を歪める魔界を覆うかのような超大な魔力。

 ガタガタと震え出すスパニッシュは、ゆっくり、静かにその足音が聞こえる方を見る。


「こんにちは、父上」


 振り返るとそこには、かつて対峙した息子とは違う、圧倒的実力を宿した、絶対者が立っていた。


「ミ……ミケラルド……!」

「すみません、時間が押してるので巻き気味で対応しますね。個人的にはこういう討伐はAパートで倒しちゃうのがいいと思うんですよ。Bパートまでかかっちゃうと変な引きが入っちゃいますからね」

「な、何を訳のわからない事を……!」

「そうなんです。父上にとって訳のわからない世界から、私にとって訳のわからない世界に連れて来られてしまったんですよ。当初は本当に困ったものですけど、今でこそ感謝していますよ。本当なら最後にしてあげたかったんですけど、最初のケジメという事で父上からこの世を去って頂きたく思います」

「……っ!」


 魔力による強烈な重圧プレッシャー……それ以上に、魔族四天王とまで呼ばれる存在が恐怖する。何も言い返せないまま数秒の時が流れ、ミケラルドは左腕を覗く。まるで腕時計でもあるかのように。


「巻いたんで父上の時間が後五秒あります。三、二、一……零」

「ミケ――!」


 スパニッシュが立ち上がりミケラルドに一矢報いようとした瞬間、その首はジェイルによって斬られ、跳ね上がった頭部はリィたんによって貫かれ、はじけ飛んだのだった。


「さようなら、父上……」

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