◆その776 強襲1
ガンドフより北部、水龍リバイアタンが生息していたとされる【嘆きの渓谷】。その渓谷の橋の上で、かつてミケラルドはドゥムガと共にアンドゥを討った。
精強なる竜騎士団が、橋を渡り人間界側への進路を塞ぐ。
ミケラルドの求心力により、ジェイルに認められた竜騎士団――その数五千。
数こそ少なくとも、その実力は皆聖騎士団に匹敵する。
しかし、それでもミケラルドは彼女に副団長を任じた。
緊張を露わにするレミリアが、ほんの一時間前の事を思い出す。
◇◆◇ ◆◇◆
「ほ、本当に私が副団長でよろしいのでしょうか……?」
「大丈夫大丈夫。今回は雰囲気と緊張感に慣らす感じですから」
手をひらひらとさせるミケラルドに、レミリアが食い下がる。
「慣らすような戦争ではありませんっ! これは魔界と雌雄を決する戦争ですよ!」
「だからいいんじゃないですか?」
「なっ!?」
「魔界との抗争で人間界の盾となった竜騎士団、その先頭に立ったのは人間である剣聖レミリア。この事実が広まればいいんです」
爽やかに笑うミケラルドにゾクリと肩を震わせるレミリア。
しかし、その一瞬でレミリアは気付いた。
今回の竜騎士団――ミケラルドの頭の中で
「……ただいればいい、そういう事ですか?」
「とはいえ、魔族が逃げて来ないとも限りません。程よい緊張感は保つ事だけ命令しておきます」
「ミケラルドさんは……」
「はい」
「本当に魔族四天王を殲滅出来ると?」
「二時間くらいだと思いますよ」
「……っ!」
悔しそうな表情を見せるレミリアに、ミケラルドは続ける。
「レミリアさんには少々酷な話かもしれません。ですが、それが私とレミリアさんとの差です。覆りようのない絶対的な線引き。片や魔族四天王と対峙すら出来ない剣士。片や作戦を遂行し、その終了時刻まで目算出来る吸血鬼。いつどこで自分の実力が発揮出来るかなんてわかりません。レミリアさんが魔族四天王と対峙出来る万全の状態まで、世界は待ってくれないんです」
「……わかっています」
「正直な話、私も歯痒いんですよ」
「……え?」
それは、レミリアにとって意外な言葉だった。
目を丸くしたレミリアは、頬を掻くミケラルドに小首を傾げる。
「今回の強襲作戦――強引故に戦後処理が大変そうなんですよ」
嘆きながら肩を
「だってそうでしょう? 『みんなで話し合った後、多数決で魔族四天王を倒すか決めましょう!』って提案したのに『やっぱそれなし!』って国として破綻してますから」
「古の賢者が噛んでいると聞きました。その情報の真偽の程は?」
「あくまで『私の中で』という注釈は付きますが、嘘だった時のリスクより、本当だった時のハイリスクの方が怖いというだけです。そもそも、魔族四天王を倒す事には賛成ですからね」
「わ、私には――」
「――わからなくても仕方ないですよ。確実にリスクを踏むというのは、国のトップとして非常に愚かな事です。ですが、そのリスクを踏み絵にしてでも、確認しなければいけない事もあるというだけです」
「それ程までに……」
「困った事に」
言葉とは裏腹に、ミケラルドはまたニコリと笑っていた。
俯くレミリアに掛けられたミケラルドのからかいまじりの言葉。
「だから大変ですよ、って言ったじゃないですかー」
剣聖レミリアは聖騎士学校を辞めミナジリ共和国にやって来た。レミリアを受け入れはしたものの、当然のごとくミケラルドから忠告はあった。
「こ、こういった大変ではないかと……その」
困った表情を見せたレミリアに、ミケラルドが微笑む。
そしてレミリアを指差し言った。
「その表情最高です。でも、今から崩れちゃうのが残念です」
「……へ?」
「世界が滅ぶ程大変じゃないでしょう?」
「っ!!」
たった一言。そのたった一言で、レミリアは幻想から現実に引き戻された。レミリアとミケラルドの違い。その差は、実力以上にあった。リスクの結果のイメージが世界中の誰とも違っていたのだ。
震え、強ばらせ、引き締め、口を結ぶ。レミリアがようやくミケラルドに追い付いた時、その姿はもうなくなっていた。
音もなく、気配もなく。
眼前から消えたミケラルド。
レミリアはぎゅっと拳を握り、己を正した。
そして自身の頬に気合いを入れて一歩足を進めた瞬間――、
「一本」
背後からその首元に剣先が置かれていたのだ。
振り返るとそこには、にへらと笑った吸血鬼元首。
「消えたはずの私が背後にまわり、勝負さえしていないのにもかかわらず剣を向けドヤ顔……とは思わないでくださいね」
「……はい」
この直後に戦争に向かうのだ。
安全とは言いつつも気の抜けた将はいらない。
それはミケラルドからの警告だった。
いついかなる時も気を抜かないよう、レミリアにそう伝えただけなのだ。
それだけを伝え、ミケラルドが消えて行く。
ホッと一息吐いたところに、竜騎士団長のジェイルが顔を出す。
「ジェイルさん、見ていたんですか」
「あぁ、ミックの気持ちも汲んでやれ」
「やはり、私を気遣って……?」
「どうやら、少しでも生存確率を上げているようだな。自信は満々でも内心臆病な……何とも半端なヤツだ」
ジェイルもそう言った後、ミケラルドの後を追って行く。
その背を見送るレミリアは、ジェイルの頭部に異変を感じる。
(あのたんこぶは……何?)
小首を傾げるレミリアの視線の先には、ミケラルドの気遣いという名の、ジェイルの不注意の象徴があったのだった。
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