◆その757 魔族四天王の間

 ◇◆◇ 魔界 不死王リッチの屋敷 ◆◇◆


 リッチの屋敷を取り囲む無数の魔族。

 レイス、アークレイス、グールだけではない。

 ドルイドやメデューサ、リザードマンにダークマーダラー更にはダイルレックスなどの多くの魔族が、屋敷の前に集結していた。

 屋敷の扉を豪快に開け、屋敷に仕える魔族を威圧するように歩き、エントランスを進む巨大な獅子顔の男。


 ――【牙王がおうレオ】。


(ふん、相変わらず辛気臭い場所だ。しかしリッチの野郎、魔族四天王全員を屋敷に集めてどうするつもりだ?)


 魔族四天王が一堂に会する。

 最奥さいおうの部屋の扉をまた豪快に開けたレオ。

 眼前に映る四つの椅子。

 屋敷に設けられた魔族四天王の間。

 円卓と十字の先端に置かれた、古めかしくも金細工の豪華な椅子。

 その椅子は既に二つが埋まっていた。


「何だ、ばばあも来ていたか」


 レオが最初に睨んだのは、扉から向かって左の椅子に座る魔族四天王の一角――【魔女ラティーファ】。法王国の闇ギルドを率いていた狡猾なる魔女である。

 その後ろに控えるのは【魔人】。


「今日もおもちゃ付き、、、、、、か」

「レオ殿は長き時の果てに脳までやられたようですね。彼は魔王様に与えられた大事な存在。一時たりとも離れる訳にはいきませんので」

「の割にはちょくちょく使いに出してるらしいじゃねぇか。先の大暴走スタンピードじゃジェイルと剣神、それに聖女に不覚をとったんだって?」


 レオが厭味いやみったらしく言うも、魔人はただ目を伏せ口をつぐんでいる。


「ふん」


 レオが次に見たのは中央奥に座る不死王リッチだった。


「何があった?」


 聞くも、リッチもまた沈黙を守っている。


「ちっ、まただんまりか」


 そう言って、レオが右の椅子に向かいどかりと腰を落とす。


「……スパニッシュの奴は何してやがる」


 レオがそう言った直後、再び魔族四天王の間の扉が開かれた。

 入って来たのは、レオが待っていた魔族四天王――【吸血公爵スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエル】。ミケラルドの実の父親にして、ミケラルドという魔族の宿敵を作り出してしまった男である。

 スパニッシュは埋まった三つの席を見てすんと鼻息を吐いた。


おせぇじゃねぇか」


 ギロリと睨むレオに対し、


「定刻通りだ」


 すまし顔のスパニッシュ。

 レオの舌打ちさえ耳に入らない様子で、スパニッシュは手前の席に静かに腰を下ろした。


「おら、全員集まったぞ」


 レオが皆を集めたリッチを見ながら言う。

 すると、リッチは水晶を中央に掲げ、ふわりと浮かべた。

 それはミケラルドが生み出した【ビジョン】なる魔法と酷似していた。

 映し出されたのは、魔界の山々。


「あぁ? どういうつもりだ、リッチ?」


 視界に映った山を見ても、集められた理由を解さなかったレオだが、そこに映った一つの山を見て、魔人が目を細める。


「……ミスリル鉱山」

「そのようね」


 ラティーファが魔人の言葉に同意すると、リッチは映像を更にミスリル鉱山へと近付けた。


「この山は確かリッチの管轄だったな……」

「おい……何だよこれ」


 スパニッシュの言葉の後、レオが映し出された映像に驚きを露わにする。

 鉱山の入り口に並ぶ多くの魔族。

 作業する訳でもなく、サボる訳でもなく、ただ一糸乱れぬ整列をしているのだ。

 そんな中、リッチはとある不審な動きをするグールに焦点を当てた。

 唐草模様の手拭いを頭に被り、その先端を鼻の下で結ぶ三体のグールがいたのだ。


「……おい、あれって【闇空間】じゃねぇのか?」


 レオが零すも、誰も同意しない。

 する必要がない程に、それは正真正銘【闇空間】だったからだ。

 グールが【闇空間】を使う。それどころか魔法を使う姿など見た事がない。それは魔族四天王の共通認識だった。

 しかし、水晶の映像に映されたグールは、キビキビと坑道から無造作に出てくるミスリル鉱石を【闇空間】の中へと入れていたのだ。


「ミスリルが浮いてる……【サイコキネシス】か」


 スパニッシュが注目したのは、坑道から浮かびながら運ばれてくるミスリル鉱石。


「待って、あれは……?」


 ラティーファが言う。

 運ばれてくるミスリル鉱石が徐々に徐々に減り、最後には小さな欠片程のミスリル鉱石が【闇空間】に入る。すると、坑道の中から現れたのは四体目のグールだった。

 土埃で顔を真っ黒にしたグールは、【安全第一】という黄色いヘルメットを被りながら現れた。

 そして、三体のグールの前で膝を突き、四つん這いになったのだ。


『くっ……俺の力虚しく……廃坑だ……』


 そう嘆くように言ったのだ。

 これを見たラティーファが呟く。


「かつて、知能を持たず、ただの労働力となったグールが喋った事なんてあったかしら?」


 それもまた、誰も同意しない。

 やはりそれもまた、魔族四天王の共通認識だったのだ。

 ふるふると震えるスパニッシュが牙を剥きだしにする。

 その反応を見て、レオが遅れて気付く。


「ま、まさかあいつはっ!?」


 レオがバッと立ち上がり、魔人が魔族四天王の間を飛び出す。そのグールの正体に気付いたからだ。

 そして、喋ったグールがのそのそと近付いて来る。

 近付いた先はそう……水晶映像のドアップ。

 水晶から聞こえて来るのは、ハーピーの鳴き声。


『へぇ、ドローンカメラみたいな事してんだな』


 そう聞こえたのは、三人がよく知る声だった。

 そして、グールは最後に三体のグールに向かって叫んだ。


『やっべバレた! 皆ずらかれ!』


 その言葉を最後に、水晶の映像はピタリと消えてしまったのだった。

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