その707 アーダイン(怒)

 ◇◆◇ 法王国 冒険者ギルド ◆◇◆


「――んで? 霊龍は何だって?」


 怒ってるのか、それとも怒ってるのか、やはり怒っているのか。総括ギルドマスター室で頬杖を突くアーダインの顔は、何か色々おかしかった。


「毎回潜る私の労力と、最終階層で登場演出までしなくちゃならない霊龍の労力を考えると、『もうここでアナタと会う事はないでしょう』って答えるしかないですよね」

「はぁ~~~~~……」


 肺に取り込んだ全ての酸素を溜め息に使ったんじゃないかってくらい長い溜め息だった。


「まさか霊龍と駆け引きまで楽しんでくるとはな」


 呆れた様子で言ったアーダイン。


「まぁ、他の方がダンジョンに侵入し、攻略すればまた出て来るんでしょうね。報酬は一回のみ。仕方のない事です」


 アーダインが出してくれないので、自分で出したお茶をすすっていると、彼はメアリィに渡した方の調査報告書を俺に見せるように掲げた。


「ミック、お前がメアリィに伝言を頼んだ件についてが、書かれていないんだが?」


 ペラペラと揺れる調査報告書。


「はて?」

「ダンジョンから出ると、ダンジョンに吸い込まれるってメアリィに伝言を頼んだだろうがっ!」


 アーダインは調査報告書に魔力を込め、俺に向かって投げつけた。

 俺はそれを指でつまみ、「う~ん」と唸ってから思い出したように言った。


「あぁ、あれは私の勘違いだったようです。きっとダンジョンでの疲労が一気に襲い掛かって、気が抜けて足がもつれたんでしょう。いやぁーあの時は呪いか何かだと思ったんですけどねぇ……」

「疲労してるのに、その後、最終階層まで行ってる件についてはどう言い訳するつもりだ、あぁ?」

「『人間、やれば出来る』とか書いておいてください」

「てめぇ」


 アーダインの顔が般若のようだ。


「アーダインさんってそんなキャラでしたっけ?」

「地はこうなんだよ。お前といると取り繕うのがバカらしくなるからな」

「そっちのがらしい、、、ですよ」


 困ったアーダインを見に来たんだが、怒ったアーダインの割合が強いようだ。


「ふん、このクソ細かい調査報告書がなければぶん殴ってたところだ」


 その場合、たんこぶでも作って見せたらいいだろうか。


「しかし、Z区分ゼットくぶんか……」

「えぇ、パーティに相応の実力者がいない限り、攻略は夢のまた夢ですね」

「仮に……だが」

「何でしょう」

「現在の勇者エメリー、聖女アリス、剣神イヅナ、剣鬼オベイル、剣聖レミリア、魔帝グラムスでパーティを組んだ場合――」

「――運よく二階層を超えたとしても、三階層で死にますね」

「理由は?」

「縦穴が長すぎます。魔力枯渇による落下死……ですかね。グラムスがエアリアルフェザーを使えますけど、これを全員に発動し続けるのは無理があります」


 俺がそう言うと、アーダインは「ふむ」と言いながら目を閉じた。


「地面スレスレで全員にエアリアルフェザーを発動してはどうだ?」

「それを受け止めるって考えると、やはり出力過多でグラムスの魔力が持ちません。パーシバル程の魔力があっても難しいでしょうね」

「メアリィが付けてたあの首飾りがあればどうだ?」

「ん~、まぁそれなら余裕かもしれません。ただ、【エアシャーキング】を倒せるとは思えませんね」


 そこまで言うと、アーダインはまた口を噤んだ。

 そして、しばらくすると一つ頷き、


「よし、やはり冒険者を叩くところから始める他ないな」


 とだけ言った。


「ミック、お前これからクルスのところに行くだろう?」

「えぇ、まぁ。魔族四天王についての報告と相談もありますし」

「夜八時に連絡すると伝えておいてくれ」

「元首を顎でつかっちゃいますか?」


 そう言うと、俺に向かって金貨が一枚飛んできた。

 それをキャッチしてアーダインに言う。


「これは?」

「伝言の依頼料だよ、冒険者のミケラルド殿。心配せんでも手続きはこちらでやっておく」


 まったく、手回しのいいことで。

 まぁ、総括ギルドマスターなのだからそれくらいの自由は利くか。

 それに、伝言を伝えるだけで金貨一枚ならオイシイ仕事と考えるべきだろう。俺は金貨を磨き、幸せを噛みしめながらホーリーキャッスルへと忍び込むのだった。


 ◇◆◇ ホーリーキャッスル 法王の部屋 ◆◇◆


「久しぶりで忘れていたぞ、ミックがそういう事をするヤツだと」


 頭を抱える法王クルスの隣には、騎士団長のアルゴスもいた。普段、部屋の外で待機し、法王クルスを守っているはずのアルゴスが、部屋の中にいるのは珍しい。

 何かあったのだろうか?


「まぁいい。ちょうどミックに連絡をしようとしていたところだ」

「やはり、アルゴス殿は何らかの報告を?」


 言うと、アルゴスが声を落として言った。


「『シギュンの様子がおかしい』とオルグ殿より報告がありました」

「っ! どのようにおかしいのでしょう?」

「それがその…………」


 歯切れの悪いアルゴス君に代わり、法王クルスが答えてくれた。


「『いつもより微笑んだ回数が多い』、だそうだ」


 この場合、シギュンの微笑みも怖いのだが、オルグの微笑みカウントの方が怖いかもしれない。

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