その693 備え
「いらっしゃいませ、メアリィ様。本日はこのバルト商会まで足をお運び頂きありがとうございます」
深々と頭を下げるバルト商会のボス――バルト。
その視線の先には顔を強ばらせるシェルフ族長ローディの孫――メアリィ。
その隣にはミケラルドが立ち、バルトと視線を交わす。
「しばらく見ない内に、またお美しくなられましたな」
「ありがとうございます」
そう言うも、メアリィの言葉はやはり緊張が見て取れた。
そんなメアリィを見て、口を
(無理もない。たとえ調査といえども、明日潜るのは
バルトはメアリィからミケラルドに視線を戻し、コクリと頷く。
ミケラルドも応じるように頷くと、バルトは手をパンパンと二つ叩いた。
「ではこれより採寸を行います。その後、メアリィ様の武具選び、場合によってはミケラルド殿に新造して頂きます。では、メアリィ様はあちらへ」
頷いたメアリィは、採寸を待つ女性スタッフに付いて行く。
それを見送っていたミケラルドの隣に立ち、バルトもその背を見守る。
「私は今でも反対ですよ。シェルフの未来を潰す可能性だってあるのですから」
「メアリィ殿も仰っていたではないですか。『世界の未来のため』だと」
「ですが、その身に背負うにはまだ早い。今回ばかりはシェルフの失態だったと猛省するばかりです」
「シェルフのせい?」
「えぇ、シェルフに龍族が訪れた件……既に世界も認めるところです。各国は当然こう考えます。『何故シェルフに?』とね。当然、それを知る者こそ少ない。ですが、そう遠くない未来――その事実は明るみになるでしょう」
「まぁ……確かにそうですね」
「このままシェルフが何もしなければ、世界からのバッシングは相当なもの。だからこそメアリィ様は立ち上がった」
「……つまり、後に起こるバッシングを防ぐため、ここは何が何でも調査パーティに加わらなければならない、と?」
頷くバルト。
「アーダイン殿が仰るように、確かにエルフの中でそれが可能な冒険者はメアリィ様しかおりません。特に今回の場合、実力以上に身分がものを言います。シェルフ統治に携わる一族が調査に貢献した。これを公表出来れば、シェルフが【聖域】にダンジョンが眠っていた事を隠匿していたというあらぬ嫌疑からは逃れられるでしょう。まぁ、【聖域】を触らせたがらなかったのです。そう言われても仕方のない事なのでしょうけれど……」
「ミナジリ共和国は国を挙げてシェルフを守るつもりです。……とでも言えば、怒りそうな人もいそうですねぇ」
「ははは、困った事に。言葉の揚げ足をとりたがる者が多い世の中ですからね。シェルフを下に見ているという野暮な反論がありそうですな……さて、本日はメアリィ様をどうコーディネートすればいいのか」
ちらりとミケラルドを見るバルト。
「工房は?」
「あちらに。ご要望通り、人払いを済ませております」
工房へ向かった二人。
そこへ、採寸を終えたメアリィが戻って来る。
(まぁ、異性に見せるデータじゃないしなぁ)
(採寸を任せたとて、ここで受け取っては意味がなかった。これは迂闊だった……!)
(だけど、メアリィに武具を用意するのは俺しか)
(そうだ、ミケラルド殿しかいない……ん? という事は?)
脳内で計算が終わったバルトが、にこりと笑ってメアリィの隣へ移動する。
「では、ミケラルド殿にその紙をお渡しください、メアリィ様」
(あ、ずりぃ! あの狐、
もじもじとしたメアリィだったが、ブツブツと呪文を唱えるようにミケラルドに近付く。
「シェルフのため。これはシェルフのためなのです……!」
(採寸データかシェルフか。天秤がすっごい揺れてる)
採寸データを渡し、ミケラルドがそれに触れる。
しかし、メアリィがその手を止めた。
「へ?」
「ミケラルド殿……!」
「何でしょう?」
「こ、これは国家機密ですっ!」
ものすごい力でミケラルドの手を掴むメアリィ。
その真剣な眼差しを受け、同じく真剣な面持ちで頷くミケラルド。
だが、それと同時にミケラルドはこう思っていた。
(たかがダンジョン潜るだけなのに、壁が多過ぎませんかねぇ?
その悪態は、まだ見ぬ
「ふむ、メアリィさんは杖をメインとした魔法使い……か。なら、杖からいってみますか」
闇空間を発動したミケラルド。
その中から出て来る無数の鉱石。
雑に出てくるオリハルコンの山を前に、バルトが絶句する。
喉を鳴らした後、恐る恐るミケラルドに聞く。
「ミ、ミケラルド殿……もしやそれを?」
「コンセプトは……【フルハルコン】です」
顔を見合わせ、引きつらせるバルトとメアリィだった。
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