その694 フルハルコン
「これが……杖、ですか?」
キョトンと小首を傾げるメアリィ。
その手には小型のメイスのような杖。
「片手で持てる軽さ、それにパーシバルの魔力でも耐えうるオリハルコンの強度。
「ふむ、本当に小さいですな。うーむ、造形も素晴らしい」
バルトが唸るのも無理はないかもしれない。
何しろ、ビールの小瓶を逆さに持っているようだからな。
「して、それは?」
「これは、メアリィさん用の
「素晴らしい……がしかし、おかしいですな?」
「そうですね、ミケラルド商店にはまだ売ってないモノです」
「えぇ、ミケラルド殿の性格を考えれば、すぐに商品化すべき盾ですから」
「最近造れるようになった、と言ったら信じてくれますか?」
言うと、バルトこそ首を傾げたが、メアリィが静かに微笑んだ。
「はい。ミケラルドさん、また強くなられましたね?」
「そ、そうなのですかっ!?」
驚くバルトを前に、俺はくすりと笑った。
「これからもっと強くなる予定です」
「ふふふ、それは楽しみです」
メアリィが笑って言うと、俺は持っていた円盾を彼女に向けた。メアリィはそれを持ち、杖と共に、不慣れながらも構えて見せる。
「ふむ……もう少し軽くしますか?」
「いえ、大丈夫です。不思議と腕に馴染みます」
「まぁ、これから
俺がそう言うと、バルトは人差し指を立てて提案する。
「でしたら軽鎧にもその盾と同じ仕掛けをすればいいのでは?」
「それが難しいんですよ」
「というと?」
「魔力ってのは手から放つのが一般化されてますし、魔法使いともなれば、無意識に手に魔力が集まります。これはそれを利用した装備なんですよ。だから円盾に運ぶ魔力は手に近くなければなりません。先程、衝撃を魔力に変換する……とは言いましたが、『衝撃を魔力に変換する』という魔法発動に使う魔力は、装着者本人から得なければならないんですよ」
「なるほど、魔法使いの特性を利用した盾……面白い。胴体には意識的に魔力を集めなければならない事から、軽鎧にそれを施すのは困難」
「まぁ、魔法使いが胴体に魔力を集中する事自体がナンセンスなので、だったら軽鎧には軽鎧で、別の意味を持たせた方が有効的です」
そう言いながら、俺は指先で造っていた軽鎧を冷ます。
「あはは……話してる間に出来ちゃいましたね」
メアリィの苦笑はただただ工房に響く。
バルトは物凄い執念を宿した目を軽鎧に向ける。
「むむむ……確かにこれは人払いが必要。この短時間で既にアーティファクトが三つ。それも、ガンドフのガイアス殿を凌ぐ腕前。これは……あの噂を信じる他ないですな」
「あの噂?」
メアリィがバルトに聞く。
「以前、法王国の聖騎士団からミケラルド商店に対し、聖騎士団員と、予備を含めたボディーアーマーの注文が入ったのです」
「あ、シギュン逮捕の決め手になったっていうアレですね!」
「えぇ、噂というのは発注から納品までの速度です」
「速度……? まさか一日で?」
メアリィが言うも、バルトが首を振る。
「二時間半で納品したそうです」
メアリィなら驚いてくれると思ったのだが、彼女はそうはならなかった。メアリィは氷のようにピタリと止まって、じーっと俺を見たのだ。
「準備してた訳じゃないんですよね……?」
「私も知らなかったんですよ。エメラさんから『大口の依頼が入りました♪』とか言われて、発注書通りに造ってたらいつの間にか運ばれてて」
勿論、シリアルナンバーを刻印してな。
「は、はははは……」
エルフの姫の乾いた笑いの後、
「まるで、歩く武器庫とでも言いましょうか。その身に宿る魔力を使えば、たとえ砂からでも武器や防具を造り出しそうですな」
バルトのジト目が俺を見る。まるで粘着しているかのようだ。
「さて、こんなもんでしょうか」
「むぅ……!? いつの間にかチェインメイルに……!」
「これには風魔法を付与して、重量を感じさせないように工夫を入れます」
「これには?」
「問題はこの後です……っ!」
「「っ!?」」
直後、俺は手に超圧縮した魔力を集中させた。
「くっ! な、なんと眩い! 太陽のようだ……!」
バルトはメアリィを庇い、俺から背を向ける。
「これまでミスリルでは成功したんですよ。でも、オリハルコンだとどうしても魔力の出力が足りなかったんですが……今なら……!」
ギッチギチに圧縮した魔力は、バルトの言う通り、太陽のように光り、工房を照らした。
俺はそれを手に宿し、オリハルコンの山を
そして、ティッシュで
オリハルコンはやがて棒から紐へ、紐から糸へとその姿を変えた。
「出来た……!」
俺は極細のソレを持ち、ニヤリと笑った。
オリハルコンの糸――世の鍛冶師が誰一人としてたどり着けなかった鍛冶の未来。これを編み、織る事で……オリハルコンは更なる進化を遂げる。
ただ一つ、これには問題がある。
「ミケラルドさん……どうしました?」
メアリィの心配を聞く余裕のない俺は、ただこう零した。
「ゆ、指が
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