◆その679 天恵2

「おい爺、どうしたんだよ」


 炎龍ロイスに盾にされている剣鬼オベイルが、剣神イヅナに聞く。


「……座るだけだ」


 雷龍シュガリオンが魔力を放出した直後、勇者エメリーはペタンと尻もちを突き、聖女アリスはすとんとへたり込んでしまった。

 そして、それはこちら側でも起こっていた。


「もしかしてアレか? あの魔力にビビって腰が抜けたんじゃねぇか?」


 そんなオベイルの質問にイヅナは首を振った。


「先見の明を養った結果だ」

「あん?」

「腰を抜かしそうだから予め座っておくのだ。鬼っ子も今の内に座っておけ」

「とても剣の神なんて言われた男にゃ見えねぇな」

「やれやれ……鍛えても鍛えても上には上がいると知る。この不条理とも言うべき理不尽に対する怒りは、さて、どこに向ければいいのやら」

「はん! そんなものは炎龍ロイスにでも食わせとけばいいんだよ」

「膝、震えとるぞ?」


 イヅナがそう言うと、オベイルは顔を真っ赤にさせたまま口を噤んだ。


「…………うっせ、武者震いだよ」


 そう小声で言うも、イヅナはその言葉をあえて拾わず勝負の場へ視線を戻した。


「さて、ボンはあれをどう返す……?」


 突風の如き魔力を受け、涼しい顔をしているミケラルドは、靡く髪の毛を見て自身の頭をおさえる。


「今日は大事な日だからって、コリンがセットしてくれたんですよ、この髪」


 次に触れるのはタキシード。


「これは今日は大事な日だからって、シュバイツシュッツがわざわざ新調してくれたんですよ」

「……まだ語るか、ガキ」

「いや~、もう汚れちゃって汚れちゃって。最悪ですよ」

「口でしか物言えぬか。であれば――」

「――いやいや、あなたも言葉使ってるじゃないですか。日本ウチの国ではそういうのブーメランって言うんですよ。特大のね。一つ利口になってよかったですね。というか、わかってないのはあなたの方ですよ。そもそも口は武器なんですよ。戦闘はもう始まってるんだから、どんな武器使おうが自由じゃないですか。それを止めたいなら止めればいいんですよ。その武力をあなたは持ってるはずでしょう? そんな事もわからないで何千年生きてきたんですか? 学習能力皆無過ぎて聖騎士学校の査定には受からないレベルですね。そうそう、思い出しました。日本ウチの国ではね、思いやりは美徳って事で、こういう風に髪のセットが乱れたり、服が汚れたりしても、そうした相手に対して『気にしないでください』とか言うんですよ。でもね、当然『気にする人』もいるんですよね。それを誇張すると、お決まりパターン的なチンピラ風になるんですよ。じゃ、今からやってみますね」


 そこまで言うと、ミケラルドは吸血鬼の深紅の瞳をギラリと見せ、雷龍シュガリオンに言った。


「クリーニング代よこせや……!」

「っ!?」


 直後、雷龍シュガリオンが大きく目を見開く。

 それは、閃光のような眩い光だった。

 極彩色ごくさいしきの濃密で神々しい光。

 虹のように色を変える高濃度の魔力を目の当たりにした雷龍シュガリオンが口の端を上げる。


「なるほど、口だけじゃないようだな……!」

「さっきから喋り過ぎじゃないですか?」

「くっ!? 貴様っ――」

「――いいんですよ私は、ブーメランだって自覚ありますから」

「なんとひねくれた吸血鬼よ!」

「そんなひねくれた吸血鬼にわざわざ会いに来るあなたは何ですか?」

「カァアアアアアッッ!!」


 ミケラルドの言葉は、遂に雷龍シュガリオンの強引な初手を引き出した。力ある者だけが、自分の信じる力に甘え、何の策もない真っ向勝負。

 大地がぜ、瞬きすら許されぬ神速の体当たり。


「そうそう、それを待ってたんですよ」


 ミケラルドはそう言うも、雷龍シュガリオンの攻撃を正面から受け止めた。


「っ! くそ、ちょっとはダイエットしてくださいよ!」


 これを見て、木龍クリューが驚く。


「馬鹿な!? あれだけ怒りに任せた攻撃を待っていたのに正面から受けるだとっ!?」

「でも、龍族最強の攻撃を受け切った」


 テルースの指摘ももっともだったが、二人が真に驚いたのはこの次だった。


「よーしよし、シュガリオンちゃん、そのままでちゅよー」

「貴様! 何が狙いだ!?」


 雷龍シュガリオンを受け止めたミケラルドはニヤリと笑い、その位置を固定するかのように調整しようと動いた。

 暴れる雷龍シュガリオンだったが、その拘束から逃れる事は出来なかった。


「くっ! ここまで力を付けていたか!」

「お披露目まで、三、二、一……零」


 直後、雷龍シュガリオンを襲ったのは――、


「ぐぉおおおおおっ!?!?」


 激しい鈍痛。

 背中の痛み、、、、、にガクリと腰を落とした雷龍シュガリオンは、ほくそ笑むミケラルドを見上げる。


「貴様……一体何を……!?」

「いやいや、敵に手の内明かす訳ないじゃないですか」


 だが、答えは周囲にあった。ひび割れる巨岩。倒れる石柱。砕かれた大地。痛みの最中さなか、遅れて聞こえた物凄い轟音。

 雷龍シュガリオンは観戦していたリィたんを見てソレに気付く。見れば、リィたんは空を見上げ、驚いていたのだ。

 ジェイルも、木龍クリューも、テルースも、イヅナもそうだった。


(そうだ、我はミケラルドと正面からぶつかっていた。しかし、痛みは背中。空から何か落ちて来たというのか!?)


 再度ミケラルドを見た雷龍シュガリオン。

 これに対し、ミケラルドは一つの回答を示す。


「わかりやすくわからないように教えるならば……あ、そうですね。俗に言う【運動エネルギー爆撃、、、、、、、、、】ってやつです。天からの贈り物。そう、私なりの天恵……ですかね」


 聞いた事がない言葉に、雷龍シュガリオンの思考が止まる。

 しかし、ミケラルドの次の言葉が時を動かす。


「あ、まだまだ続きますよ」

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