◆その678 天恵1

 勇者エメリー、聖女アリスが転移すると、そこは何にもないただただ荒野が広がるだけの空間だった。二人はそこで本日聖騎士学校に来ていなかった女を見つけた。

 いち早く二人の接近に気付いたリィたんが振り返る。


「エメリー、アリス……?」


 リィたんがそう零すと、その奥に見えたミケラルドが一瞬目を大きく見開いた。

 ミケラルドはそこにやって来たエメリーとアリスを見た後、すんと鼻息を吐いて空を見上げた。


(あ、今、霊龍さんが犯人だって気付いたな)


 アリスの判断は正しく、ミケラルドは空に向かい、心の中で霊龍に対し悪態を吐いていた。


(あんまりてのひらの上で踊るのは好きじゃないんですけどねぇ……)


 本日起きた全てが霊龍の手によるもの。

 ミケラルドは甘んじてそれを受け入れはしたものの、内心は快く思っていなかった。


「――なるほど、霊龍が……」


 リィたんとナタリー、そしてジェイルは、エメリーの説明に納得し、二人の来訪を歓迎した。


「あれは、イヅナさんとオベイルさん……? それに炎龍ロイスも……」


 向かいの岩棚にイヅナとオベイル炎龍ロイスを見つけたアリスは、徐々に事の重大さを理解していった。


「あっちにはテルースと木龍クリューもいる」


 岩棚の上、崖から眼下にいるミケラルドを覗くテルースと木龍クリュー


「わぁ~……」


 ポカンと口を開けるエメリーに、ジェイルが言う。


「エメリー、お前はこの中でも上に立たねばならない存在だぞ」

「そ、そうでした……でも、やっぱりちょっと実感ないですね」


 エメリーが困った表情で言い、アリスがまた荒野を見渡す。


(本当に凄い、ここにいる人たちだけであの戦争に臨めていたなら……)


 見渡しながら過去の戦争を振り返るアリス。

 しかし、彼女はすぐにかぶりを振ってそんな甘い考えを追い出した。


(ううん、そんな事考えちゃダメ。あの時のあれが最善だったんだ……!)


 自身の頬をパシリと叩くアリスに、ナタリーが言う。


「アリスちゃん」

「え?」


 その真剣な眼差しにアリスが小首を傾げる。


「私、浮いちゃってるよね?」

「う、浮く?」

「こう、実力的に?」

「それを言うなら私だって……」


 だが、それをナタリーに全て言う事は出来なかった。

 上を見ればキリがない。それは誰にでも言える事であるが、ランクSにまで上り詰めたアリスがランクBのナタリーに言えるはずもなかったのだ。


「だから、私、もっともっと頑張るからね」

「あ……」


 そんな意気込みを見せたナタリーを見て、アリスは気付く。

 先程の心の機微を、ナタリーに見透かされていたのだと。

 それを知ってか知らずか、リィたんがフォローする。


「安心しろ、ナタリー」

「え?」

「ナタリーの光魔法はアリスにも勝るとも劣らない。来年の武闘大会の結果がそれを証明する」

「……うんっ」


 両手をぐっと握ったナタリーに、リィたんが微笑む。

 そんな二人を見てエメリーとアリスは見合ってくすりと笑った。

 直後、ジェイルの視線が動いた。

 右手上方でピタリと止まった視線を皆が追いかける。


「……来たな」

「あぁ、去年会った時よりも研ぎ澄まされた魔力だ」


 リィたんの言葉よりも先に、ソレは皆の身体を襲った。

 突き刺さるような荒々しい魔力を受け、アリスは自身の肩を抱く。


「うぅ……」

「凄い……こんな魔力……!」


 エメリーは拳を握り、ナタリーはミケラルドが用意したオリハルコン製のヘルメットをかぶり、リィたんの足に抱き着いた。


「準備完了だよ、うん!」


 ナタリーの動きに呆気にとられたエメリーとアリスだったが、ミケラルドの正面で起きた衝撃音が彼女たちの視線を戻させた。


「「っ!?」」


 大地を砕き着地した四つ足の獅子の如き巨大な龍。

 紫電を纏い、その鋭い眼光はミケラルドを捉えて離さない。


「吸血鬼のガキ……名は確か……ミケラルドだったか?」


 低く重い声。

 しかし、過去辛酸を舐めさせられた相手を前に、ミケラルドは動じる事なくただいつもの自分を魅せた。


「何ですか、今の登場の仕方?」

「何?」

「自己演出が過ぎるでしょう? 普通に歩いてくればいいじゃないですか? そっちのがカッコイイと思っちゃったんですか? そもそも霊龍の仕込みなんだから、わざわざ私の名前を思い出そうとする素振そぶりをしなくても結構ですよ。霊龍から口ずっぱく私の名前を聞いてるでしょう? それでも忘れそうなんだったら脚の裏にメモしておいた方がいいですよ。それとも何ですか? 自分が無能だっていうアピールですか? それはそれで結構ですが、そうなると霊龍の人選を疑っちゃうなぁ? あれ? どうしたんですか、そんなに震えて? 図星? もしかして図星だったんですか? やだなぁ、これはただのジャブですよ。霊龍から聞いてないんですか? 今日、ここで、私とあなたが戦うんですよ。聞いてますよね? そうでしょうともそうでしょうとも。勇者エメリーさんと聖女アリスさんまで呼んで、お膳立てバッチリなんですから知らない訳ないですよね? だからジャブなんです。既に戦いは始まってるんです。こうして煽ってあなたの怒りを引き出す事に尽力してる私を是非褒めて欲しいですね」

「黙れ……!」

「いやいや、『何?』って聞いたのあなたじゃないですか。もう忘れちゃったんですか? やっぱり忘れっぽいんですね。なるほど、それがキャラ付けならいいんですけど、ガチだと結構危ないんで、療養に時間をあてた方がいいかもしれませんね。私? 私は大丈夫ですよ。ちゃんとあなたの質問覚えてますから。そうです、私がミケラルドです」


 矢継やつばやに出て来るミケラルドのとめどない煽り文句。これを聞き、受け、観戦に参加した者たちは皆一様に思う。


((酷い……!))


 そんな感想を打ち砕くかのように雷龍シュガリオンが叫ぶ。


「ガァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」


 ビリビリと響く咆哮。轟く雷鳴。荒れ狂う絶大な魔力の嵐。

 誰もが驚愕し、言葉を失う中、ミケラルドが、ミケラルドだけがニヤリと笑う。


「あ、今度はそちらのジャブですね?」

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