その673 あっというま

 プリシラを囲んでの大撮影会。

 最初、カメラマンの俺は彼女たちの写真に入る事はなかった。しかし、『男っ気が足りない』というプリシラの我儘の下、【タイマー式ビジョン】という新たな魔法を完成させた俺のこの努力は、最早もはや宴会芸とでも呼べるものなのかもしれない。

 コリンを交ぜ、ロレッソを交ぜ、プリシラの最期を彩るイベント。

 そんな撮影会が終わった後、リルハは仕事に、ヒルダが花瓶の水を換えに部屋を出た時、二人きりの空間でプリシラは微笑んで俺に言った。


 ――これでもう思い残す事はないね。


 プリシラは気付いていたのだろう。

 その日の夜を境に、プリシラの体調は一変した。

 まるで緊張の糸が切れてしまったかのように。

 コリンは立ちっぱなしで看護をし、リルハとヒルダは願うようにプリシラの手を握っていた。

 俺はただ、その様子をじっと見守る事しか出来なかった。

 この世の摂理、それを不条理と感じながら、ただただ己の無力と向き合う事でしか、俺はその場に存在する事が出来なかった。

 頬はこけ、腕は枝のように細くなり、彼女から出る掠れた声。


 ――愛されてるねぇ。


 プリシラは苦しみを包み隠し、ただいつものプリシラである事に努めていた。

 皆、それがわかりながらも、ただいつものように応える事で、悲しみを包み隠した。

 プリシラはそれを笑い、俺もそれを笑った。

 長いようで本当に短い……あっというまの四日間だった。

 プリシラの予想は悪い意味で外れた。

 彼女自身が言った二週間という予想。それは十二日間という二日短い期間へと変わり、俺たちに辛い現実を突きつけたのだ。

 きっと彼女はその二日間を、彼女であり続けるために使ったのだ。

 必死で自分を演じるプリシラは俺に確認するように言った。

 それはきっと、俺にしか答えられなかったのだろう。


 ――もう、いいかな?


 最後の最後まで、最期の最期の言葉まで質問とは、正に賢者プリシラに相応しい言葉だったと思う。それは、とても簡単な質問だった。誰でも答えられるとても簡単な質問。でも、この場でそれに答え、応えられる者は俺しかいなかった。

 リルハやヒルダ、そしてコリンにはとても酷な質問だった。

 だから彼女は俺に聞いたのだ。

 かくれんぼの返事のように「もう、いいよ」と言ってやるべきなのだろう。

 しかし、それでは彼女が俺を選んだ意味がない。

 彼女は最後の最期まで彼女であり、在り続ける事を選んだのだ。

 ならば、俺が賢者に贈る言葉として、それは正しくないのだろう。

 双黒そうこくの賢者プリシラ。この世の謎を追い求め、追い続けた正に賢人。

 ならば、贈る言葉もこうでなくてはいけない。


 ――もう、いいんじゃないかな?


 彼女には最後の最期まで謎を。

 それが俺に出せる、俺にしか出せない唯一の答えだった。

 それが彼女にとって正しい答えだったかはわからない。

 でも、俺を選んだ答えにはなったはずだ。

 俺がそう言った時、彼女は……プリシラは大きな涙を湛え、そして流した。


 ――うん。


 それからプリシラは、両の手に全ての力を込め、リルハとヒルダに最期の別れをした。

 目には慈愛を、その視線の先には涙で顔をくしゃくしゃにしたコリンがいた。

 彼女は本当に賢者に相応しい人物だった。俺には言葉を、弟子には力を、そしてコリンには慈愛を伝えた。

 なんて要領の良い、呆れた死に方じゃないか。

 俺は何とも言えない表情でプリシラを見るも、彼女はもう何も答えてくれなかった。

 コリンはついに泣き崩れ、涙で絨毯を濡らした。リルハとヒルダはただ静かに涙を流し、祈るようにプリシラの手を握っていた。


 ――どうだい? 見事な大往生だろうっ?


 今にもそう言ってきそうな、そんな微笑みを浮かべ、プリシラは息を引き取った。

 悲しみの嗚咽が響く中、俺はそれを噛み殺した。


「……もう、いいかな?」


 俺はプリシラの質問をなぞるようにその言葉を漏らした。

 誰に聞かせる訳でもなく、誰に聞いてもらいたい訳でもなく。

 ただ、この場にいる……この場にいない人に応えて欲しいがために。

 きっとプリシラは、ニヤリと笑って俺の言葉をなぞって言ってくるだろう。言ってくれるだろう。


 ――もう、いいんじゃないかな?


 一言。そのたった一言が聞きたいのに、この場には……この場にはもう……。





















 ◇◆◇ ◆◇◆


「デコる」という言葉を知っているだろうか?

 文字通りデコレーションを動詞化したものである。

 賢者プリシラの大往生。年若いコリンにとっても、俺にとってもそれはそれは悲しい思い出である。

 悲しい思い出から一夜明け、ミナジリ邸に届く一通の手紙。

 執事長のシュバイツシュッツが困った顔をして俺にその手紙を手渡す。

 差出人の名は――【不信感P】。

 傷心のミッくんに対してこのイタズラは酷である。まさかプリシラを語る存在が俺に対し手紙を送ってくるとは。

 俺は怒りに任せ粗雑にその手紙を開いた。

 それは手紙とは言い難い内容だった。

 挨拶もなく、近況報告もなく、締めの言葉もない。

 非常に無機質な――発注書。


シュバイツシュッツ……これ、何だと思う?」

「棺の発注書ですな。不信感P様のサインもあります。請求は……ははは、ミケラルド様ですね」

「こんなギラギラした棺、見た事ある?」


 首を振るシュバイツシュッツ君。

 さて、話を戻そう。

 棺をデコった場合、それは死者への冒涜か?

 しかし、それが生前のプリシラからの遺言だとすれば、それはどうだろう?


「何とも、プリシラ様らしいですな」


 シュバイツシュッツの言葉は、俺を呆れさせ、コリンに笑みを灯らせた。

 死して尚、俺をいじるあの感性は見習いたいのだが、デコりにデコりまくったこの棺を考案する感性だけは俺に合わないと思う。


 ――葬儀はしめやかにいとなまれました。


 こんな言葉を目にした事があるかもしれない。

 しかし、今回に限り、そうはならない。

 だから未来の俺は、プリシラの葬儀についてこうつづるのだろう。

 葬儀アレは祭りでした――と。

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