その630 武闘大会2

「調子はどう?」


 エメリーと握手をしながら俺はそう言った。


「ギリギリまでイヅナさんとオベイルさん、それとロイスが手伝ってくれました」

「気合い十分だね」


 微笑んでそう言うと、エメリーは少しだけ手に力を込めた。


「倒すつもりでやります」

「それは楽しみだね」


 是非とも押し倒して欲しいものだが、そういう場ではないし、後ろにはネムがいる。

 ナタリーに告げ口でもされるとことである。


「ラスターさんもお忙しいのにありがとうございます」


 エメリーの奥にいるのはリプトゥア国のギルド員ラスター。


「いえ、エメリーさんが私を選んでくれたのは光栄な事ですよ」


 エメリーは各地を転々としているが故、決まった担当ギルド員がいない。

 長くリプトゥア国にいた事もあり、ラスターを指名したのはいいが、彼も彼で大変だろうに。人が良いのは相変わらずか。


「いつかミナジリ共和国にもいらしてください」

「はい、是非!」


 ラスターとも握手を交わし、エメリーたちは去って行った。

 エメリーとは過去幾度も戦った。

 一番接点があったのは、サブロウによってエメリーの身体に刻み込まれた恐怖を取り除こうとした時だろうか。あの段階でエメリーはSSダブルと言えるだけの実力を有していた。ナタリーの話では同じSSダブルであるレミリアを既に圧倒しているという話も聞く。なだらかではあるが、着実にエメリーは成長している。

 見る人が見ればこれは非常に早い速度といえる。ポテンシャルで言えば世界一。

 あの小さな身体にどれだけの力が宿っているのか。俺はそれが楽しみでならない。


「ミケラルドさん、どうしたんですか? 笑っちゃって?」

「エメリーがどれだけ成長したのか楽しみでね」

「でも、授業でちょくちょくエメリーさんを見ているんじゃ?」

「見るのと実際にやるのでは大きく違うからね。それに、エメリークラスになると、試合中に化ける事だってある」

「おー、確かにそう言われると楽しみですね。あ、そうだ。お休みの許可がとれましたよ。ありがたい事に、『公休』扱いですっ」


 ふふりと笑うネムはとても可愛い。

 尻尾でも生えてるんじゃなかろうか?

 因みにネムの言う休みとは、俺とのお忍びデートの日を指している。


「でも、私だけでいいんですか? ナタリーさんやリィたんさんとかは……?」

「ナタリーやリィたんにはまだ内緒なんだよ」

「どうしてです? 確かに大きな声では言えないような事ですけど……」

「文化の違いってのは怖いからね、こっちも慎重にならざるを得ないってだけだよ」

「あの日、シェルフ大使館に呼ばれた時は驚いちゃいました」

「ははは、どうしてもネムの知識が必要でさ。ま、武闘大会が終わってからが勝負かな」

「今日も結構重要な日だと思うんですけどねぇ……」


 ネムが難しそうな顔をしながら言う。

 俺は、くすりと笑ってから立ち上がる。


「今日の主役はランクAの皆だよ」

「そうですけど、ミケラルドさんを観に来てる方も多いんですからねっ」


 ネムも椅子から立ち上がり扉を開ける。

 さぁ、そろそろだ。

 ――【開会の儀】が始まる。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 大気が揺れる程の声援。

 黄色い声、太い声、リィたんのどでかい声。そして、それに続く聖騎士学校の生徒たちの声。


「「ミケラルドせんせーいっ!」」


 リィたんは勿論の事、貴族の姫たちの声援がとても心に響く。

 ナタリーからの声援はない。「なーに調子のってんの! そのだらしない顔は何っ!?」は、声援にカテゴライズされてない。絶対声援じゃない。

 貴賓席からは法王クルスと皇后アイビスが顔を覗かせ、微笑んでいる。

 正確には微笑んでいるのはアイビス皇后だけで、法王クルスは俺の顔を指差して笑っている。それはそれは大きく笑っていた。

 この一年で冒険者の戦力バランスは大きく変わった。

 たとえ武闘大会といえど、昨年の俺やリィたんみたいな存在が現れる事を危惧し、審判はより強者が求められるようになった。

 とりわけ、【開会の儀】の審判は総括ギルドマスターであるアーダインが行う事になった。彼は今回、シード選手の選別もしている事もあって大忙しだろう。


「凄い人気じゃないか」


 アーダインが満席の会場を見渡しながら俺に言った。


「ブーイングも聞こえますよ」

「そうか?」


 首を傾げるアーダイン。


「えぇ、まぁほんの十三人ですけど」

「お前が言うと本当に聞き分けているかのようだな」


 腕を組み、呆れた顔を見せるアーダイン。


「聞き分けてますよ」


 俺がそう言うと、アーダインは一瞬目を丸くするもすぐに元に戻した。


「ふん、さぞ生きにくいだろうな」

「ははは、まぁ意識しなければそういう事はないですけどね」

「お前といると、驚く事が馬鹿らしくなる」

「今日驚かせてくれるのはあの子ですよ」


 アーダインの視線を誘導するように、俺は対面から歩いて来る勇者エメリーを見た。

 その瞳には、これまでのエメリーにはなかった気迫が宿っていた。静かな魔力の中に漂う闘気。流石のアーダインも喉を鳴らす。


「ふぎゃっ!?」


 でも、やっぱり転ぶのがエメリーである。

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