第三部
その629 武闘大会
「へぇ、新調したのかい?」
出発前、俺は双黒の賢者プリシラの下までやって来ていた。
「ロレッソがわざわざ用意したみたいで。【開会の儀】でお披露目予定なんですがどうです?」
新調した冒険者用の衣装は、吸血鬼らしく鮮血をイメージして仕立てられたそうだ。
炎の戦士風と言ってくれれば、もっとイメージがいいのに、何故魔族寄りになってしまうのか。俺はそれが疑問でならない。
「うん、とても凜々しいね。私が死ぬ時は手を握ってくれるといい」
そう言ったプリシラの笑顔はどことなく元気がないように見えた。
プリシラがここに来てから数ヶ月。日に日にやつれていくプリシラに、担当メイドのコリンも辛そうである。
「……あと二週間ってところかな」
「え、三週間じゃなく?」
最近のプリシラは、自分の寿命をジョークに使う。
とても厄介なジョークだが、それを真に受けてしまうと空気がぶっ壊れてしまう。
仕方ないので、俺はそれに付き合う訳だ。
まぁ、プリシラも俺の前だけでしか言わないけどな。
「三週間……いや、難しいだろうね」
だが、今回はマジっぽい。
後方で控えるコリンの緊張がよく伝わってくる。
「では、弟子のお二人に都合をつけてもらいますか」
「呼ぶのかい?」
「
「はははは、それじゃ断れないね」
嬉しそうに笑ったプリシラは、最後に言った。
「……武闘大会から戻って来たら、約束を果たそうじゃないか」
「約束?」
「初めて出会った時、キミが私に聞いただろう? 『まったく、どこで調べてるんだか……』って」
「あー……そういえば言いましたね」
「そして私はこう言った。『死ぬ前までには教えてあげるよ』と」
そうだったそうだった。
あの時、プリシラは俺が秘匿としていた【聖加護】を使える事を知っている様子だった。何故、プリシラは俺の秘密を知っていたのか、どう知り得たのか。それは俺が一番気にしている事だった。
武闘大会の後、それを教えてくれるというのか。
という事は、冗談抜きでプリシラの余命はもう僅か。
出来れば存命中にプリシラの願いを叶えてやりたかったところだが、どうもそういう訳にはいかないらしい。
「わかりました。では、お土産のリクエストを聞いたら出発します」
「そうだな……あぁ、最近ミケラルド商店で勇者人形と聖女人形以外にも色々売りに出してるって聞いて気になってたんだ」
「本店が目と鼻の先にあるっていうのに、ミケラルド商店でお土産ですか……」
「実は私、歩けないんだよ」
「また突っ込みづらい事を……」
「それを引き出したのはキミさ」
ウィンクして言ったプリシラは小悪魔的に微笑んでいた。
相変わらず賢者である。有無を言わせぬ言い回しは是非とも学びたいところだ。
「では、何の人形をご所望で?」
「【ミケラルド・オード・ミナジリ正装バージョン(青年)】で頼むよ」
カミナが悪ふざけで造ったやつか。
「その情報、どこから漏れたので?」
「クロード新聞」
くそ、目を通してやがったか。
「リ、リィたんの水龍バージョンとかオススメですよ?」
「ついでに【ミケラルド・オード・ミナジリ寝間着バージョン(少年)】を頼むよ」
カミナが目を輝かせながら造ったやつか。
俺が却下しても多数決で製作認可が下りちゃうんだよなぁ……。
ここは俺が堪えるしかない、か。
「お、呑み込んだね?」
「えぇ、何か言えば更に注文が増えそうで」
「よく私をわかってるじゃないか」
「はぁ……それじゃあ行ってきます。コリン、留守をよろしくね」
「はいっ! 行ってらっしゃいませ、ミケラルド様!」
扉を出る際、俺とプリシラは一瞬視線を交わした。
彼女が一体何を考えていたのかはわからない。だが、これだけはわかった。
彼女の命はもう……――。
◇◆◇ ◆◇◆
今年の武闘大会は法王国で開催され、戦士部門と魔法使い部門が分かれている。
我がオリハルコンズのパーティメンバーの多くがこれに参加する。
戦士部門にはラッツ、ハン、クレア。
魔法使い部門にはアリス、キッカ。
聖騎士学校にいる生徒の内、冒険者組から別に何人か参加するようで、聖騎士学校の連中も応援にやって来ている。
戦闘に携わる事から、校外学習扱いである。
観客席にはファーラ、ゲラルド、メアリィ、レミリアもいる。
当然、ナタリーとリィたんも観戦に来ている。
昨年、俺はリプトゥア国で開催された武闘大会に参加していたが、今年はそうではない。
控え室でお茶を呑む俺の隣では、齧歯類系の美少女ネムが、ソワソワしながら周囲を見渡している。
声を掛けたら「ひゃいっ!?」とか驚いてくれそうだ。
「ネム」
「ひゃいっ!?」
「もう少し捻りをだな……あいや、もう少し落ち着いたらどうだ?」
「こ、これが落ち着いていられますかっ。ま、まさか【開会の儀】のゲストとして、私の担当冒険者が選ばれるなんて思わないじゃないですか……!」
それが開会の儀の趣旨ではあるが、昨年の優勝者であるリィたんはこれを辞退し、次点の俺は、その
控え室に響くノック音。
「ひゃいっ!?」
捻りのない返事をしたネムが慌てて扉を開ける。
「おはようございます、ミケラルドさんっ!」
そう、俺が胸を貸す相手は、
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