その631 武闘大会3
「いちちち……」
鼻を抑えるエメリーのなんと可愛い事か。
苦笑するアーダインが俺をちらりと見る。
まるで、「人類の希望か」と言いたげな表情だ。
俺とエメリーが対峙したところで、会場の熱は最高潮に達した。
割れんばかりの声援と……ブーイング。
「ミケラルドォ! エメリーちゃんに怪我でもさせてみろ! 投書するぞごらぁ!」
「悪評ばら撒くからなぁ!」
「れびゅうシートを作ったのが運の尽きだったなぁ!」
なるほど、国のトップのいびり方をわかっていらっしゃる。極めてると言っていい。
まぁこれは俺がエメリーの評価を世間的に上げた事が原因でもある。甘んじて受け入れよう。
だが、俺が受け入れる事を周りが受け入れるかというとそうではない。
ミナジリ共和国にはリィたんというとても頼もしい守護神がいるのだ。
立ち上がったリィたんは、俺に対し文句を言った
それに気付いた連中は、すぐに委縮して黙ってしまう。リィたんも既に国の
だが――――、
「ミケラルドさーん! エメリーちゃんに怪我させたら【聖加護】ですからねー!」
聖女アリスは黙らない。
こんなタイトルで一本スピンオフとかやってくれないだろうか、あの子。
それにしても、シード選手だからってあんなに呑気でいいのかね。
俺がアリスを見ながら苦笑していると、アーダインが言った。
「互いに準備は?」
俺はエメリーに向き直り、エメリーは俺を真っ直ぐ見、言った。
「「いつでも」」
腰元の剣に手を伸ばしたエメリーを会場が捉えた時、武闘会はこの上ない静寂に染まった。
皆、【開会の儀】が始まる事を理解したのだろう。
「始めっ!!」
大歓声があがる間もなく、勇者エメリーが突っかけた。
「やぁあああああ!!」
流石、俺の性格を読み抜いている。
俺が受ける事を前提とした大上段。刃を潰しているとはいえ、エメリーの膂力で剣を振れば常人は一瞬で死に至る。だが、ここはランクSに上がるための武闘大会。昨年の優秀者と、冒険者の
ならば、俺が初手でやる事は決まっている。
俺は、中指の爪先を親指で押さえ、振り下ろされたエメリーの剣に向ける。
弾かれた中指がその切っ先に向かう。
――剣とデコピンの衝突。
大抵強いのは剣である。また、その剣がオリハルコンで出来ているのであれば、俺も中指を痛めてしまうだろう。しかし、武闘大会の運営が用意したのは、相も変わらず鉄製の剣。
ランクS以上が使う武器にはその強度が見合ってない事を、冒険者ギルド側はそろそろ理解した方がいい。
まぁ、最初に嘆くのはあそこにいる審判のおっさんこと、アーダインである。
「まったく、こっちの予算も考えて欲しいものだな」
何故かその嘆きを俺に向けられたのだが、これはもしかして新たな商売のチャンスかもしれない。
試合用の武具を試供品としてレンタルし、スポンサーとして名前を入れてもらうのはどうだろうか。
まぁ、相手は冒険者ギルドだし、絶対中立を謳ってるからスポンサー名も出させてもらえないかもしれない。だが、アーダインの顔を見るに、交渉の余地はあると見た。そういえば、最近【交渉】能力使ってないなー。
とかなんとか考えていたら、エメリーの剣が割れた。
「「っ!?」」
そう、普通鉄ってのは
観客席の驚きも仕方のない事なのだろう。
しかし、試合中に驚く人間はいない。何故なら、アーダインもエメリーも俺の実力を知っているからだ。
特にエメリーなんて俺の対戦相手だ。こんな事でいちいち驚いているのであれば、勇者なんて称号は霊龍にとっとと返却すべきである。
「……オーラブレイド」
まるで剣が初撃で消失する事を知っていたかのように、エメリーは両手に光の剣を発動した。
「勇剣、
「おぉ!」
目を見開く程、驚いてしまった。
これまでエメリーは実際の剣を使って剣技を使ってきた。しかし、彼女は魔法の剣でそれを行使したのだ。
こんな高度な魔力操作、どれだけ身体に染み込ませたのか……!
しかもこの【光祭】――正に光の祭りに相応しく、二本の光の剣が様々な軌道を描いている。
「凄いですね、魔法だから剣が剣を透過する。ただの双剣では有り得ない軌道を描き、そうかと思ったら剣同士がぶつかりこちらに軌道を読ませない」
「の割には全部避けてます!」
「胸を貸す場所なのでお許しを」
流石は勇者。この乱撃が俺に通じないと見るや、すぐに手を変えてきた。
二本の剣を合わせ、増大。
「オーラブルブレイド!」
放出する魔力を増やし、双剣ではなく両手剣にした。
なるほど、着実に成長しているじゃないか。
「うーん、こうして……こうかな?」
俺はエメリーに倣い、光の剣を二本発動させ、両手で合わせてみた。
「あ、あははは……真似されちゃった……」
困った様子のエメリーと、
「ちっ、嫌味な野郎だ……」
絶対中立である冒険者ギルドの総括ギルドマスターからの皮肉。
おかしい、胸を貸す側として呼ばれたはずだが?
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