◆その621 著名人2

 クロードの視線がパーシバルを捉えて離さなくなってから数分が経過した時、パーシバルは既にソレに興味を失っていた。ソファにし、まるで自分の家かのようにくつろいでいる。


「ねぇ、私のウチなんだけど?」


 当然、パーシバルの感性には納得出来ないナタリーがジト目で言う。


「あぁ? クロードの事務所だろ。なら今回の僕はお客様ゲスト。ゲストがどう振舞おうが自由じゃないか」

「……むぅ」

「ははは、言い返せないだろう? そもそも僕はそんなに暇じゃないんだ。フェンリルワンリルの爪磨きもあるし、ブラッシングもある。その後、エサもやらなくちゃいけないし、歯磨きだってあるんだよ」

「何だ、結構仲良いじゃん」

「どこがだよっ! 毎日毎日アイツの我儘聞いて大変なんだぞ!?」

「私が健康的な生活を保障したからね」

「はぁ!?」


 パーシバルにはナタリーが言っている事が理解出来なかった。

 しかし、お茶をれて持って来たエメラの何気ない一言がパーシバルを戦慄させた。


「ワンリルはナタリーが躾けたのよ」

「……は?」


 そう聞くも、エメラは微笑むばかり。

 答えを探すようにパーシバルの目線がナタリーに向くも、その笑みは母親と瓜二つであった。


「は?」


 震える声でパーシバルが再度聞くと、ナタリーを自分を指差して言った。


「ワンリルの上司」

「はっ? はぁあああああっ!? な、何だよそれ!?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてないよっ!」

「じゃあ今言ったって事で。気を付けてね、パーシバルの態度如何いかんではワンリルのパーシバルへの態度も変わっちゃうよ~?」


 ニヤリと笑うナタリーに、動揺するパーシバル。

 しかし、パーシバルにまだ反撃の余地は残っていた。


「お、おい! 自分の娘がこんなにあくどい笑み浮かべてていいのかよ!」


 向かった矛先は、当然ナタリーの父親クロードに向いた。

 クロードは一瞬ナタリーに視線を向け、すぐにパーシバルに視線を戻した。

 そして、パーシバルを見ながらナタリーに言ったのだ。


「ナタリー、もう少しおしとやかに笑いなさい」

「はーい」

「そうじゃないだろっ! ア、アンタはどうなんだっ!?」


 次にパーシバルが聞いたのはエメラ。

 しかし、当のエメラはナタリーが持って来たお菓子に夢中である。


「あら、これ可愛いわね? ネコさん……かな?」


 キャラクターを象ったような菓子。それを見てエメラがナタリーに聞く。


「そうなのー! リーガル大使館の近くに出来た新しい茶屋なんだけど、そこのスイーツがすっごい凝ってるのっ! でね、それはネコじゃなくてベアット、、、、っていうクマとネコのオリジナルキャラクターなのー!」


 ナタリーの説明にエメラも興味津々である。


「ベアットか。いいじゃない、とても面白いわね。……でも、何でクマとネコなの?」

「そうそう、私もそれが気になって店長さんに聞いてみたんだー」

「それで何て言ってたの?」

「何か、ちょっと前にそこの茶屋で問題起こした二人組がいたらしくて、その内の一人がクマみたい風貌だったらしいの。で、その問題ってのが新装開店直後に店内で大声で口論したって話なんだけど、そのクマさんの友達が、ネコみたいに咬みつくように口論してたらしいの」

「クマとネコの口論……それはそれで面白いわね」

「店長さん、それでインスピレーションが湧いたって言ってたよ」


 それを聞き、感心した様子のエメラ。


「どんなところにも商売のタネが眠っているって事ね」


 微笑みながら言うと、ナタリーは大きく頷いて見せた。


「うん! 私たちも負けてられないねっ!」


 そんな母と娘の一部始終をなかば強制的に見せつけられたパーシバルが言う。


「……あの、僕の話聞いてる?」


 すると、ナタリーが馬鹿にするなと言いたげな様子で言う。


「勿論よ。毎日毎日ワンリルの我儘聞いて大変なんでしょ?」

「だいっっっぶ前の話だからな、それ!!」

「あれ、そうだっけ?」

「そうなんだよっ!!」


 荒ぶるパーシバルを見て、エメラが言う。


「パーシバル君、お茶のおかわりいる?」

「いるに決まってるだろっ!」

「はーい」


 微笑むエメラはパーシバルの態度で変わる事はない。


「くそっ! 何なんだよこの家はっ!?」

「お父さんの事務所だ、ってさっき自分で言ってたじゃん」

「そこは全肯定かよ!」


 パーシバルが地団駄じだんだを踏んでいると、クロードの鋭い声が場を支配した。


「……なるほど」


 その真剣な眼差しを見て、騒いだパーシバルは家主に怒られるのかと思ったのか、顔に焦りを見せる。


「な、なんだよぉ……?」

「『新たな守護者その真なる中身に迫る。膨大な魔力を秘めたパーシバル。その実態は正しく少年。お菓子を食べ、程よく怒り、真剣に悔しがる。たとえ元SSSトリプル、元闇人やみうどだとしてもそれが変わる事はない』……この方向で進めてみましょう」

「……は?」


 パーシバルが阿保面で小首を傾げるも、ナタリーは得心した様子で口を尖らせた。


「おー」

「『おー』じゃないだろっ!」


 そう、クロードの真剣な眼差しは、常にクロード新聞に向いていたのだ。

 パーシバルがナタリーに怒るも、それが届く事はない。永遠に。


「いいじゃない、あなた」


 エメラも嬉しそうである。


「ホント、何なんだよこの家はっ!?」


 頭を抱えるパーシバルの疑問を解く者はいない。


「これなら締め切りに間に合いそうだよ」

「いいわね、何か出来る事は?」

「そうだね、彼からもっと沢山の表情を引き出したい……かな」

「任せてっ♪」


 両親の会話を聞きながらナタリーが微笑む。

 そしてパーシバルに言うのだ。


「良い家でしょ」

「さっきお前が事務所って言っただろっ!」

「あれー? そうだっけ?」

の親にしての子ありだな、くそっ!」


 ぷんすこと怒るパーシバルに、クロードは更なる熱い視線を送る。

 そして、そのフォローをするエメラがパーシバルに声を掛けるのだ。


「パーシバル君、お菓子まだあるわよ♪」

「くそ! くそっ! いるに決まってるだろっ!!」


 のちに発行されるクロード新聞――【パーシバル解体新書】は国内外でも大きな反響を呼び、増刷される程、売り上げたという。彼の師――魔帝グラムスは、パーシバルの部屋一面にそれを貼り付け、一日中大笑いをして顎が外れたという逸話もあるが、それが事実かは定かではない。

 しかし、事実はある。どこか嬉しそうに新聞を読み返すパーシバルの姿が、何度も目撃されているという事実が。

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