◆その620 著名人1
リーガル国の西に位置するミナジリ共和国。
その少し外れに二つの家が立ち並ぶ。
かつてミケラルド・オード・ミナジリが住んでいたミケラルド邸、その隣にあるのはクロード、エメラ、ナタリーが住んでいた家である。
そこは今はもう無人……という事ではなく、クロードが執筆用の事務所として使っているのだ。
机に載った一枚の白紙の羊皮紙。眼鏡を掛けたクロードはこれと睨み合っていた。
「……う~ん」
そんなクロードをイライラした様子で待っているのが――、
「ねぇ、まだ書き終わらないの?」
「すみません
そう、クロードの事務所で渋面を見せていたのは
「ミナジリ共和国に誕生した新たな守護者フェンリル。これに跨る元
「それは何? 僕に悪いイメージがあるって事?」
「あぁ、申し訳ありません。そうではなく、優秀なパーシバルさんを更に引き立てる良い言葉が浮かばないという事です」
「そ、そう? じゃ、じゃあもう少し待ってやってもいいかなー……なんて」
真面目なクロードと、不真面目なパーシバル。
仕事に懸ける純粋な思いがそこにあれば、二人の壁など無いに等しい。
「ねー、お菓子とかないのー?」
しかし、パーシバルはまだ若い。大人しく待てるという訳でもないのだ。
「すみません、生憎ここには……」
直後、事務所の扉がバタンと開かれる。
これによりパーシバルがいち早く反応し、警戒する。
パーシバルはミナジリ共和国の新たな守護者。クロード新聞の筆者――クロードの身辺警護もミケラルドに言いつかった命令の一つなのだ。
「たっだいまー!」
だが、そんな快活な声に二人は目を丸くした。
「あれ?
やって来たのはクロードとエメラの娘、ナタリーだった。
「
「そうそう、羽を伸ばすのついでにこっちでのんびりしようかなっと。お店もお休みもらってるしね……って?」
ナタリーの視線がクロードからずれていく。
スライドした先にいたのは、勿論パーシバル。
「…………何? この組み合わせ?」
時計の長針が動くようにコトリと小首を傾げたナタリー。
不可解な組み合わせに疑問を持つも、クロードの説明により得心するのだった。
「へぇー、来週はパーシバルの記事なんだ」
「おい、ふぁーひはるはんだ!」
「口にそんなに物入れて喋っちゃいけません」
ナタリーが持って来たお菓子を頬張っているパーシバル。
威嚇するように言うも、それがナタリーに響く事はなかった。
素早く咀嚼し、お菓子を一気に呑み込んだパーシバルがナタリーを指差して言う。
「パーシバル
「えー、そんな風には見えないけどー? ほら、お菓子付いてる」
ナタリーは自分の右頬を指差し、パーシバルに言う。
当のパーシバルはそれにハッと気付き、顔を赤くして服の袖でそれを拭った。
「ぼ、僕は十四歳、お前は十三歳!」
「あ、こっちにも」
今度は左頬を指差すナタリー。
「くっ! くそっ!」
顔を真っ赤にしてそれを拭ったパーシバル。
ナタリーはこれをくすりと笑うものの、クロードのその表情は真剣そのものだった。真剣なクロードの眼差しに気付いたパーシバルが聞く。
「な、何だよ! ア、アンタの娘だからって気を遣うような真似はしないからなっ!」
だが、クロードからは何も返ってこなかった。
ちらりとナタリーを見るパーシバル。ナタリーは肩を
すると、また事務所の扉が開いた。
「たっだいまー♪」
先程のナタリーより、やや色の伴った声。
目を丸くするナタリーとパーシバル。
しかし、クロードはパーシバルを見て離さない。
「何だ、
やって来たのは、クロードの妻、ナタリーの母であるエメラだった。
エメラは家に入るなりクロードの熱い視線に気付いた。
そしてその視線の先を見て、ナタリーのように小首を傾げたのだ。
「なぁに? この組み合わせ?」
疑問を漏らすもエメラはすぐに答えに行き着く。
理解を示すようにポンと手を叩き言った。
「あー、もしかして次回のクロード新聞の企画ってパーシバル君?」
「くっ、何でよりにもよって今日ここに三人集まるんだ……!」
不満を零すパーシバルに、エメラが微笑みながら返す。
「居心地がいいからね。たまに帰ってきたくなっちゃうのよ」
溜め息を吐くパーシバル。
「今お茶
「くっ、僕としては早く帰りたいんだよ……」
ソファに疲れたようにドッと腰を下ろすパーシバル。
茶の用意の手伝いに動いたナタリーが、エメラに聞く。
「ねぇお母さん」
「なぁに?」
「お父さんどうしちゃったの?」
「何か浮かんだんでしょ」
「それって新聞のネタ?」
「それ以外にある?」
「うーん……ないなぁ」
「でしょ? こっちはいいからお父さんを手伝ってあげて」
「え? お父さんを? どうやって?」
「パーシバル君と話してればいいんじゃないかしら?」
「……何で?」
ナタリーが疑問を浮かべるも、エメラは微笑むばかりで何も返してくれないのだった。
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