その613 クマの場合1

 ◇◆◇ マックスの場合 ◆◇◆


「アンドリュー大使、お出かけでしょうか?」

「あぁ、ミケラルド殿がシェルフの大使館に入ったと聞いてね」


【アンドリュー・ロベル・ギュスターブ】。それが俺の今の上司だ。

 ギュスターブ辺境伯の息子であり子爵。一時期ミックと揉めたようだが、それも今となっては古い噂だ。

 ミックが言っていた闇ギルドの殺害リスト。その上位に俺の名前があったそうだ。俺としては、恐ろしい事ではあるが、それは非常に光栄な事だと言えた。巨大な闇ギルドが俺をミックの友人だと認めたと言っても過言ではないからだ。

 だからこそミックはリーガル国王である陛下に根回しをし、俺を比較的守り易いミナジリ共和国の大使館付きにしてくれたのだ。

 そのミナジリ共和国の大使が今ここを出て行ったアンドリュー様という訳だ。

 大使館の門番という光栄な役職に就き、給料もこれまでの倍以上。

 シェンドの町は今どうなっているだろうか。

 元部下のコバ、モッカ、ホバッツたちは元気にしているだろうか。

 そろそろシェンドの町に戻れるのだろうか。だが、ミックは忙しいだろうからすぐにはそんな辞令はないだろう。一年、いや二年はミナジリ共和国こちらにいる事になるのかもしれない。


「あ、マックスさん! こんにちはー!」


 そんな事を考えていると、快活な声が俺の耳に届いた。

 声がする方に顔を向けると、そこにはミナジリ冒険者ギルドの看板娘、ネムが立っていた。


「やぁネムちゃん、こんにちは」


 挨拶すると、ネムは太陽のように輝く笑顔を振りまいた。相変わらずこの子は人を惹きつける魅力がある。そう思うも、ネムが行く先には何もないような気がする。

 正確には、ネムが用のありそうな場所はないという意味だ。


「……ネムちゃん、もしかしてシェルフ大使館へ?」

「はい! よくわからないけどミケラルドさんに呼ばれたんですよねっ」


 心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 しかし、ネムがシェルフ大使館に? 一体何故?

 アンドリュー様はミックがシェルフ大使館に入ったと言っていたが、そこにネムを呼ぶ理由は何だ?

 それは俺にはわからなかったが、ここでネムに会えたのは悪くない。


「ネムちゃん、最近シェンドの町に行ってる?」

「へ? はい、勿論です。サッチさんの同伴でシェンドの冒険者ギルドとも協力する事がありますから」


 サッチというのは、冒険者初心者アドバイザーをしている冒険者だ。冒険者の死亡率や怪我を極力減らすため、ミックが組織した面白い試み。俺も見学したが、アレは中々どうして凄い仕組みである。実際に冒険者の死亡率がガクンと下がったらしいからな。


「あっちの警備はどうだい? コバ、モッカ、ホバッツたちはしっかりやっているかな?」

「あー、確かに心配ですよね! でも安心してください! 新しく着任した、、、、、、、警備隊長がマックスさんにも負けないくらい優秀らしいですから!」


 ………………ん?


「うわぁ、首ってそんなに傾くんですねっ」


 危ない危ない。傾け過ぎて危うく首を折るところだった。


「えーっと、確か、俺が戻るまでの間、コバが臨時隊長になるって話だったんだけどな……ん? 新しい警備隊長?」

「へー、そうなんですね。でもごめんなさい。私もそれについてはわからないです」

「あ、あぁ……別にいいんだよ……」


 ネムはミナジリ共和国に住んでるし、リーガル国の警備に所属している訳でも詳しい訳でもない。知らなくて当然だ。しかし一体どうなってる? 俺をシェンドに戻す約束はどうなってるんだ、ミック……!


「それじゃあ失礼しますね」

「あぁ……気をつけてね、ネムちゃん」

「はーい!」


 大きく手を振りながらネムが遠ざかって行く。

 ネムの背中が見えなくなった後、またこちらへ歩いて来る人間がいた。あのたぬきのような風貌で、狸のような性格をしていそうな人間は、世界に一人しかいない。リーガル国の王商おうしょうドマーク殿。何故彼がこんなところに?

 彼は三人のお供と共に、こちらへ向かって来る。

 ……おかしいな? ドマーク殿の様子がいつもと違うような気がする。

 あのフードを被っている三人は本当にお供なのか? あのドマーク殿がどこか気を遣っているように見えなくもない。


「ほぉ、悪くない」


 中央のフードの男が、リーガル大使館を見てそう言った。

 男だとわかったのは、やたら野太い声が聞こえたからだ。


「そうでありましょう」


 ドマーク殿がこんなにへりくだる相手はそんなに多くはない。

 この中央の男は一体?


「……彼がそうです」


 次に左のフードの男が、中央のフードの男に耳打ちするように言った。

『彼』とは俺の事を言っているのだろうか。その理由はともかく、こうジロジロ見られるのは気分がよくない。

 しかし相手は王商おうしょうドマーク殿の連れ。

 無暗に悪印象を与えてはドマーク殿はおろかリーガル国の名に傷が付く。


「……これはドマーク殿、お久しぶりにございます。大使館へはどのようなご用事で? 生憎アンドリュー様は先程お出かけになられたところです」


 言うと、ドマーク殿はニコニコとしながら言った。


「心配には及ばないよクマックス殿。今回我々が会いたかったのは何を隠そう君なのだから」

「は?」


 ドマーク殿のその言葉に俺が首を傾げると、左右の人間がフードから顔を覗かせた。左のフードの男はサマリア公爵家の【ランドルフ・オード・サマリア】様……? 何で? 右のフードの人間は……何だこの威圧感は? 何故だ? この顔はどこかで見た事がある。確か、俺が尊敬するリーガル国戦騎団だ。そこの団長ネルソン様がこんな顔をしていたような気がする。


「なるほど、お前がクマックスか」


 中央の男がフードをめくりながら言った。

 何て偉そうな口ぶりだ。まるでリーガル国で一番偉そうである。

 しかも何故かリーガル国で一番偉そうな顔をしている。

 ところで、クマックスとは一体誰の事だろう?

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