その614 クマの場合2

 ◇◆◇ マックスの場合 ◆◇◆


 俺は首を傾げたまま数秒硬直していた。

 王商おうしょうドマーク、サマリア公爵、ネルソン団長ときて、この人は一体? いや、この御方おかたは一体? ……御方?

 直後、俺はその場に伏していた。それは反射的とも言うべきとんでもない速度だったと思う。


「こっ! こっ! こっく王陛下っ!!」


 この時の俺は、もしかしたら地面より深く頭を下げていたかもしれない。

 こんなところにいるはずもないリーガル国の国王【ブライアン・フォン・リーガル】様が何故!?


「よい、頭を上げい」

「へぁ!?」


 一瞬頭を上げるも、その顔を見ると自然に頭が下がってしまう。

 もしかしたら俺はそういう病気にかかってるんじゃないかと思ってしまう程だ。


「これ、よいと言っている」

「は、ははぁ! い、いやしかし!」


 俺がそう言うと、ドマーク殿が陛下に言った。


「陛下、ここは別の命令を与えた方が」

「ふむ、そうかもしれないな。どれ、クマックスよ、大使館の案内をせよ」

「ははぁ! こ、この不肖ふしょうクマックス、、、、、! 誠心誠意をもって陛下にご案内致しますっ!!」


 陛下が俺をクマックスと呼ぶのだ。

 もう俺はクマックスでいいのかもしれない。

 しかし、疑問が残る。何故、誤った名前が伝わっているのだろうか。


「うむ、頼む」

「はっ!」

「ではネルソン、ここを頼む」

「かしこまりました、陛下」


 何故か俺が陛下の案内を承り、俺の代わりにリーガル国戦騎団のネルソン団長が門番をするという異様な事態。そこからもソレは続いた。

 大使館に入るなり――、


「「こ、これは陛下っ!!」」

「「陛下っ!?」」


 大使館で働くリーガル国民は皆総じて俺と同じ病気にかかっていた。もしかしたら流行り病かもしれない。そう思える程度には皆、波のように跪いていった。

 ドマーク殿が執事長と何か話し、執事長はすぐに貴賓室へ陛下を案内するように俺に言った。顔が火のように熱い。顔が物凄く熱いのに、背中は極寒のように冷たく、寒い。俺の背に陛下がいると思うと……俺はかぶりを振り、だらだらの汗を拭う事なく貴賓室へと向かった。


「こ、こちらの部屋をお使いくださいっ!!」


 扉を開け、深く頭を下げる。

 陛下、サマリア公爵、ドマーク殿と入り扉を閉めようとするも、ドマーク殿がそれを止めた。


「あいやクマックス殿、あなたも入るのですよ」

「は?」

「あなたに用があると伝えたばかりでしょう」

「お、俺……いや、わたくしがっ!? ここにっ!?」


 天よりも高い声が出たと思う。

 近くにいたドマーク殿が耳を塞いでしまうくらいには高かった。


「さぁ、陛下がお待ちですよ」


 そう言われると俺は何も言えなくなってしまった。

 俺は鉄のように重い足を貴賓室に向ける。

 流石はミナジリ共和国に置くリーガル大使館。右を見ても左を見ても豪華絢爛ごうかけんらん。そして目の前には……陛下!


「クマックス殿、そこで跪かれては扉が閉められませんぞ?」


 動悸、息切れ、世界はこんなにも息苦しいものだったのかと思う程の負荷。

 何故俺は貴賓室こんなところにいるのだろうか?


「中々面白い男だな。ミックが気に入るのもわかる」

「ははは、でしょう? 彼は、ミックが子爵の時、シェルフへの友好大使の供としても付き添った仲間と言えますな」

「ほぉ、そうであったか」


 陛下とサマリア公爵が俺の事を話している。

 俺の存在で陛下たちの貴重な時間を……!


「クマックスよ、そこに掛けたまえ」

「い、いえ! こちらで!」

「ではせめて立て。話しにくくてかなわん」

「は、ははぁ!」


 俺が立ち上がると、ドマーク殿が背の扉を閉めてくれた。

 何て事だ、本来であれば俺の仕事だというのに……!


「も、申し訳――!」

「よい、立て。立っているのだ」


 再び跪いた俺は、陛下直々の命令により立たされ続ける事が確定した。


「やはり、事前に連絡を入れるべきだったか」

「いえ、そうなるとミナジリ共和国に負担がかかります」

「であろうな」


 陛下とサマリア公爵の会話はあまり理解出来なかったが、どうやら陛下はここへお忍びでいらっしゃったようだ。一体何のために?

 陛下が椅子に腰を下ろすと、近くのソファにサマリア公爵とドマーク殿が腰を下ろす。凄い、俺のベッドよりも大きなソファだ。


「さて、クマックスよ」


 陛下が懐から一枚の紙を取り出した。


「は、はい!」


 それを読みながら俺に聞く。


ほうは長年シェンドの町に住み、シェンドの警備隊に入隊。その後着実に実績を積み、五年前からこの警備隊長に就任している。ここまでは相違ないか?」

「は! 仰る通りにございます!」

「ある日、平和だったシェンドの町に大きな事件が起きる。サマリア侯爵家のレティシア誘拐事件。その容疑者として挙がったのが【ミケラルド】という名の青年だった……」

「はっ!」

「このミケラルドが後に貴族となるなど、この時点では想像だにしなかったか?」

「え? ……あいや、その通り……です?」


 一体陛下は何を確認しているのだろうか。


「しかしクマックス、それでもお前はこのミケラルドと親交を重ねた。侯爵令嬢誘拐事件の容疑者だった男と」


 その時、俺は反応してしまった。

 陛下のお言葉だというのに、この身体が反応してしまったのだ。

 その反応を。この場にいる誰もが目撃し、気付いてしまった。自身を呪うように戦慄した俺は、再び跪こうとした。しかし、それより先に陛下が言ったのだ。


「……なるほど、たとえ主君といえど友人が悪く言われたとなればそんな顔にもなろう」


 そう、俺は顔に出してしまったのだ。

 ミックが悪く言われているように聞こえたから。


「も、申し訳ございません!」

「謝罪はいらぬ。無論、この件に関してはお前のとがもない」


 陛下が何を仰りたいのかはわからなかったが、俺は、今日この場を以って大きな使命を帯びる事となる。といっても、この時の俺はそんな事、知るよしもなかったのだ。

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