◆その608 プリンセスガード2

 ラッツ、ハン、キッカ以外が知るミケラルドの秘密。

 それが、ルーク・ダルマ・ランナーというルナ王女、レティシア公爵令嬢の護衛である。クレアはルークがミケラルドの分裂体である真実を知る数少ない内の一人だ。そのクレアが、ルークに面会を求めている。

 特別講師室に顔を出していたミケラルドは、クレアの持ってきた入寮許可申請書を片手に持ち目を細める。


(クレアさんが目を合わせてくれない件……)


 講師然と振舞ってはいるものの、中身はミケラルド。どうしようもない程にミケラルドが詰まっているのだ。

 ミケラルドが風魔法でクレアの背にある扉を閉めたのは、音声遮断以外に他者の目を封じたかったのだ。


(……ま、彼女が考えてる事はわからないでもない)


 すんと鼻息を吐いたミケラルドは、入寮許可申請書を小さく掲げてクレアに聞く。


「サインいります?」


 クレアが面会を求めているのはミケラルド。そのミケラルドがここにいるのだ。幸いここは個室。クレアの希望を満たしているが故に、ミケラルドはそう聞いたのだ。

 クレアは観念したかのように肩を落として言った。


「……いえ、結構です」

「はい」


 返事をすると共に、ミケラルドが火魔法を使い入寮許可申請書を一瞬にして焼却処分する。


「あ、どうぞ掛けてください」


【サイコキネシス】で椅子を正面に移動させるミケラルド。


「……失礼します」

(……さて、どうしたものか)


 ミケラルドはクレアの心中を察していた。

 クレアがミケラルドへ面会を求めた理由が、故郷シェルフにあるという事を。


「私とお話がしたいと?」

「はい」

「どのようなお話でしょう?」

「ミケラルド様の事です。もう察しがついているのでは?」

「ミケラルド先生ですよ。まぁ折角ですし、クレアさんのお話とやらを聞いてみたい気分です」

「確かに……これは私の我儘わがままのようなものですから」


 お茶を淹れ、ミケラルドが微笑む。

 カップが正面の机に置かれた後、クレアがミケラルドの目を見る。


「……ミケラルド先生は、シェルフに対して一体何を求めていらっしゃるのですか?」

(凄い、単刀直入できた)


 目を丸くしたミケラルドが、腕を組み数回「う~ん」と唸るも、良い回答は出なかった。だからこそミケラルドはこう言った。


「その発言、シェルフの総意と受け取っても?」

「っ!?」


 一気に顔が青ざめるクレア。思い切り首を横に振りそれを全否定する。


「あー、聞き方が悪かったですね。すみません。でも、クレアさんが私に聞いた事はそういう事です。ローディ族長からディーン殿、ディーン殿からメアリィ殿、そしてメアリィ殿からクレアさんにミナジリ共和国がシェルフに対して会談を求めているという情報が回った事は、私にも察しがつきます。しかし、ローディ族長に会談の際に私が申し上げる事を、『今この場で聞きたい』……クレアさんはそう言ったのです」

「そ、それは……! ……いえ、その通りです。大変失礼しました」

「いえいえわかってくれればいいんです。なので今回のお話はここだけのお話という事で、私の胸に秘めておきます」


 この話はこれでおしまい。

 ミケラルドはクレアにそう言ったつもりだった。


「では――」


 しかし、そこで明らかに空気が変わった。


「――ん?」

「パーティメンバーとして聞きます」


 そう、クレアは諦めていなかったのだ。


「……いや、あの、クレアさん?」

「ご安心ください、ミケラルドさん」

「先生では?」

「パーティメンバーとして」

「あ、はい」


 ついには押し切られてしまったミケラルド。

 クレアは先の言葉を繰り返すように言った。


「ご安心ください、ミケラルドさん。これはシェルフについての話ではありません」

「ほぉ?」

「メアリィ様がシェルフを心配しておられます」

「シェルフの話では?」

「メアリィ様の話です」

「はぁ……」

「ミケラルドさんはどうしてオリハルコンズのパーティメンバーであるメアリィ様に、心配をかけさせるような事をされるのですか?」

「……なるほど。とても鋭い指摘ですね。ご自分の職務を全うする上で、問題解決のために走った。これならばメアリィ殿にもシェルフにも言い訳が立つし、私もパーティーメンバーとして答えない訳にはいかない。いいですね、外交官としてウチで働きません?」

「ミケラルドさんの答えを聞いた後、検討の是非を検討したいと思います」

「素晴らしい逃げ口上。そうですか……メアリィ殿の心配の種である私。それを解決しようと動くプリンセスガード。……いや、面白いものを見せてもらいました」


 手放しでクレアを褒めるミケラルド。

 クレアは少々行き過ぎてしまった自身の行動を振り返り、頬を赤く染める。


「いえ……ミケラルドさん程では」

「パーティーメンバーとして、か。確かにリィたんやメアリィにそう聞かれたら話してしまいますねぇ」

「えっ? お二人にも話してないんですかっ?」

「えぇ、結構デリケートな問題なので」


 微笑みながら言ったミケラルドの表情には、クレアの目に眩しく映った。

 それは一切の悪意のない、誠意の証とも言えた。


「ですが、パーティーメンバーであるクレアさんの頼みです。ここだけの話という事でよろしければお話しましょう」

「よ、よろしいのですかっ!?」


 立ち上がるクレア。


「これはクレアさんの交渉の勝利、その対価ですよ」


 ミケラルドの次なる一手。

 それをいち早く知り得たプリンセスガード――クレア。

 その全てを聞き終えたクレアの表情は、クレア史上最高に青ざめていたのだった。

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