◆その607 プリンセスガード1
「――――はい、お父様。かしこまりました、ではそのように」
【テレフォン】のマジックスクロールに語り掛ける少女――メアリィ。
エルフの国、シェルフの姫が父と呼ぶのは族長ローディの息子ディーン。
父との会話を終え、「ふぅ」と一息漏らすメアリィ。
その部屋にノック音が響く。メアリィはノックの主が誰であるか理解していたかのように、すぐに入室許可を出した。
「どうぞ」
「失礼致します」
目を伏せメアリィの部屋に入って来たのは、彼女の守護者クレア。
エルフの実力者であり、聖騎士学校に通うオリハルコンズの一人である。
「……して、ディーン様は何と?」
「ミケラルド殿が母上の下へいらっしゃった、と」
「アイリス様のところへ? というと、メアリィ様の代行で就かれているミナジリ大使館へ?」
「そう。正式に族長への会談を申し込んだそうです」
「ミケラルド様がそれ程まで念入りに根回しされるという事は、それだけの
クレアの疑問は
「お父様もそこまでは教えてくれなかったの」
「メアリィ様にすら教えられないというのですかっ? それはつまり……」
「うん、シェルフという小さい国で……大きな事が起こるって事だね」
「相手がミケラルド様なだけに、荒立たないとは思いますが……気になりますね」
「結局お父様には『こちらは気にせず学校生活を楽しみなさい』って言われちゃった」
舌を出し、困った顔を誤魔化すように言ったメアリィに、クレアは顔を曇らせる。
「申し訳ございません。そのような時期に私の
「あぁ、いいのいいの。クレアもクレアで武闘大会っていう大事な時期なんだから、こっちを気にしてる場合じゃないって」
「いえ、私の本分は――」
「――あーあー、いいったらいいのっ。もうこの話はおしまい! ねっ?」
メアリィの言葉に、クレアは困った表情を浮かべる。
しかし、それ以上踏み込む事が出来ないのも事実だった。
押し黙るという選択をメアリィに強いられたクレアは、それきり口を噤んだ。
そして、自室へ戻るや否や行動に移ったのだ。
向かう先は――聖騎士学校正規組の寮だった。
しかし、その壁はクレアにとってあまりにも分厚かった。
メアリィとクレアは【ガーディアンズ】の一員として聖騎士学校入学審査をパスし、冒険者組の寮へ入った。だからこそ、冒険者組の寮内であれば、自由に行き来する事が出来る。しかし、場所が正規組の寮となれば話は別だ。
冒険者が正規組の寮に入るにはまず、事務手続きが必要である。
闇ギルドが崩壊してから、神聖騎士オルグ、シギュンが職を離れた事により、聖騎士学校の講師室は過密スケジュールで動いており、無人である事も少なくない。手続きにやってきたクレアが最初に見つけた講師はマスタングだった。
シギュン派閥だったマスタングだったが、法王クルス、ライゼン学校長の根回しもあり今も尚講師を続けている。
「む、クレアか」
「あ、マスタング講師。実は――」
「――すまないが私は忙しいのである。他を当たって欲しいのである」
言いながら、マスタング講師はクレアを横切って行った。
「あ……」
遠ざかるマスタング講師の背中。
クレアはそれ以上何も言えずしゅんと
がらんとした講師室。しんと静かな講師室に一人佇むクレア。
そこへガタンと音が響いた。それは講師室の扉から零れる音だった。
異音を拾ったクレアは、ゆっくりと扉の前へ向かった。
部屋のプレートに書かれていたのは【特別講師室】。
本日はイヅナが特別講師を担当していた。だからこそクレアはノックをしたのだ。扉からの返事が若々しいのであれば、そもそもノックをする事はなかった。
「はーい、今開けまーす」
「っ!?」
届いたのは、先の話題の人物の声だった。
クレアはここで撤退を選んだ。しかし、声の主の動きはクレアより鋭敏だった。
「はいはい、何ですかクレアさん?」
ニコリと笑って出て来たのはミナジリ共和国の元首ミケラルド。
魔力から扉の外にいるのがクレアだとわかっていたのだ。
「ミ、ミケラルド様っ!」
クレアが慌てるも、ミケラルドは数回舌を鳴らして言った。
「のんのん。今は先生ですよ、クレアさん」
「そうでした、申し訳ありません。ミケラルド先生……」
「それで、何か御用ですか?」
「あ、いえ……」
クレアが手に持つのは、他の寮への入場許可申請書。
当然、ミケラルドもそれが何なのか理解している。
すぐにクレアの意図を察したミケラルドが言う。
「あー、はいはい。正規組の寮へなんて珍しいですね? 待っててください、今サインを――」
「――あ、いえこれは! っ!? あ、ない!?」
入場許可申請書は、いつの間にかミケラルドの手の内。
「ふんふん、何々? クレアさんが会いたい方は………………ん?」
首を傾げる系元首。
クレアを見る系元首。
また首を傾げる系元首。
クレアはミケラルドから目を逸らし、ミケラルドはすんと鼻息を吐いてクレアの背の扉を風魔法を使ってパタンと閉めた。
「なるほど、【ルーク・ダルマ・ランナー】……ですか」
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