◆その605 あんぶ2
「そこぉ! 毎回毎回喧嘩するんじゃない!」
ラジーンの怒号が響くミナジリ共和国の広場。
ここはミナジリ共和国の
ラジーンに指を差されたのはパーシバルとホネスティ。
「えー、だってホネスティさんが悪いでしょ今のは」
「私はちゃんとやりましたよ。まあ、その後の連携が? 下手だったのは認めます」
「は? 僕の魔法を上手く利用出来なかったらからって言い訳しないで欲しいな」
「何でもかんでも強い魔力を放てばいいと考えている子供には、なんともありがちな返しですね」
「あ?」
「ガキが」
高まる魔力、両者の視線の間には雷のような亀裂が走る。これを見たラジーンが止めるために走り出そうとする。しかし――、
「ハハハハハハ!
「違う! ここの出力を絞れば、後の魔法が詰まる事なく円滑に発動すると言うておる! 魔帝の名もたかが知れておるな!? ヒヒヒヒヒ!」
「やれやれ、自分の笑い方に疑問を持った事もないんじゃろう。なんとも哀れなやつだ」
「自慢の弟子が優柔不断だと大変だのう。まあ、そんな弟子一人の手綱も握れない程、魔帝の名も落ちぶれたらしいから仕方のない事か」
「爺、殺すぞ?」
「クソ爺、返り討ちぞ?」
魔帝グラムスとメディックの言い争いも、頂点を迎え、
「ナガレ! それでは援護する方が死ぬじゃろう!」
「アタシを援護して死ねるんだ、本望ってものだろう、サブロウ?」
「貴様なぞ六十若くとも願い下げじゃ!」
「っ! 命はいらないようだねぇ!?」
「化け物に命を握られているのはどこのナガレじゃったか?」
「どの口が言ってるのかねぇ!?」
ナガレとサブロウの熟年の言い争いも始まってしまう。
頭を抱え、天を仰ぐラジーンも元は
「……ノエル君、確か、我々は仲間内での死闘禁止じゃありませんでしたっけ?」
「えぇ、ミケラルド様にそう命じられていますね。カンザス殿」
「『ミケラルド様』って、もうそこまで懐柔されてしまったんですか?」
「懐柔というより、確信です」
「というと?」
「あの人、素直な人間が好きみたいで」
「なるほど、懐柔ではなく取り入ったと?」
「最初は恐ろしかったのですが、ここに来てからはあの方の事がわかってきました」
「たとえばどんな事が?」
「少し色目を使うと目が泳ぐという事がわかりました」
「はははは、それは傑作だね。世界中の美女を集めればミナジリ共和国が落ちるかもしれないですねぇ」
「あながち間違った攻略ではないかと」
ノエルがそう締めるも、その背後からは喉をグルルと鳴らすワンリルの威嚇音が響く。
「そうさせないための我々ではないのかね?」
ノエルとカンザスがワンリルから顔を背ける。しかし、その速度からは逃れられない。背けた先にワンリルの牙があるのだ。
「近い。近いですよワンリル殿……?」
カンザスが言うと、ワンリルが見下すように返す。
「お前が歩み寄らぬからそうなる」
「そうとも言いますかねぇ……」
強張る顔でカンザスが零すと、ノエルとカンザスの後ろからワンリルの鼻先が静かに通る。
「カンザス、何故あれ程ラジーンが頑張っているかわかるか?」
「さ、さぁ?」
「ノエル、お前にはわかるか?」
「い、いえ……」
「それはな、この後お披露目があるからだ」
「「……お披露目?」」
それは、午後にラジーンの発表により公開された衝撃の事実だった。
「「御前試合……?」」
皆が息を呑むように零す。
ラジーンが難しい顔をしながら補足を加える。
「本来、御前試合とは、大貴族や王の前で行われる武術の発表会のようなものである。しかし、ミナジリ共和国の御前試合はそんなものではない」
「どういう事?」
パーシバルが聞くと、ラジーンが遠くを見ながら呟くように言った。
「御前試合ならぬ『御前と試合』だ」
「……何て?」
聞き返しながらも、パーシバルの声が震えていた。
そう、パーシバルにも、皆にもラジーンの説明は届いていたのだ。
しかしそれでも信じたくないのが子供である。
パーシバルが確認するようにラジーンに聞く。
「それって……つまり……?」
「ミケラルド様に我々暗部の全力を打ち込むという事だ」
「……冗談でしょ?」
「冗談を言ってる顔に見えるか?」
いたって真顔なラジーンを見て、暗部の面々はまた息を呑む。
そして、彼らの実力だからこそわかるのだ。
今この練武場に、一歩、また一歩と強大な魔力が近づいているという事に。
彼らは知る。これまで行っていた訓練が何のためのものか。
闇を取り込んだミケラルドが更なる闇の成長を求めている。
それを知ったサブロウが呆れて乾いた笑いを零す。
「はっ、一体化け物はどこまで先を見ているのやら……」
ミナジリ共和国で暗部が結成したと同時に、その改造計画が始まった。
元首ミケラルドが見据える先は、魔王の復活か、それとも更にその先なのか。
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