◆その604 あんぶ1

 ミナジリ共和国の守護者ジェイル。

 彼が鋭い視線で睨みつける、ミナジリ共和国の新たなる戦力たち。

 絶対にジェイルと目を合わせない【ナガレ】。

 静かに佇む【サブロウ】。

 顔をヒクつかせる【カンザス】。

 呑まれて顔を強張らせる【ノエル】。

 早急に家に帰りたそうな【ホネスティ】。

 リザードマンを研究対象としてニヤニヤ見つめる【メディック】。

 そして、ジェイルの隣で顔に脂汗を滲ませている元闇人やみうどのラジーン。


「お前たちには――」


 開口したジェイルの言葉に反応する元闇人やみうどたち。


「――勤労の義務がある」


 一つ指を折るジェイル。


「納税の義務がある」


 また一つ指を折るジェイル。


「後進のために教育を施す義務がある」


 三つ目の指を折ったところで、ジェイルがラジーンの肩をポンと叩く。


「リーダーはこのラジーンだ。命令に従い、よく励むように。では」


 そう言いながらその場を去ろうとした。

 しかし、それを何が何でも止めるのがラジーンである。

 手を掴まれたジェイルがラジーンを見て首を傾げる。


「どうした?」


 そんな疑問に、ラジーンはジェイルに詰め寄りながら小声で言った。


「こ、困りますよジェイル殿! 私にときの番人の監督なんて出来る訳ないじゃないですかっ!?」

「彼らはもうときの番人ではない。問題は解決したな? では――」

「――……ちょちょちょちょっ! あっぶな! 危うく騙されるところでしたよ! 私に! やつらの監督は無理です!」

「……何故だ?」

「力量的に! あと、彼らは癖が強いというか、が強いというか、刺々とげとげしいというか! それに私はリプトゥア支部の人間でした。反対に彼らは本部! 元部下みたいなものですよ!?」

「安心しろ」

「何がです!?」

「やつらと比べても、今のラジーンなら見劣りしない。では――」

「――……あ! ちょちょちょちょ! だから! 見劣りしなかろうが無理なものは無理です!」

「では他に誰がやるのだ?」

「ジェイル殿以外においでで!?」


 元ときの番人の監督はラジーンに決まった。しかし、当のラジーンは自分には荷が重いと訴え、ジェイルが監督すべきだと具申ぐしんしている。

 これを聞き、ジェイルはすんと鼻息を吐いた後ラジーンの肩をそっと寄せ声を落とした。


「見ろ、ラジーン」

「は?」

「あのナガレという老婆、まるで殺意の塊だ。カンザスという男は、勤勉そうだがどこか距離をとるような空気を見せている。ノエルという女はこの環境に慣れるまでが大変だろう。ホネスティという男はここへ来る前、変装して藪から我々を監視しようとしていた。そしてあのメディックだ、一体何を考えているのかまったくわからん。出会って早々に私の鱗に触ってきた。ラジーン、お前も見ていただろう?」

勿論もちろんです」

「唯一まともそうなのはサブロウだけだが、それ故にやつらの中では浮いている。わば争いの火種になりかねない。わかるか?」

「はい」

「どう考えても面倒だ。厄介とさえ言える」

「はい」


 ラジーンの返事を頷いて拾ったジェイル。

 ジェイルは再びラジーン肩をポンと叩き、最後に言った。


それ、、が私の答えだ。では――」

「――『では』じゃないんだなぁ! 違う! 違うんですよジェイル殿ぉ!」


 ジェイルが渋面を見せながら言う。


「……まだ、止めるというのか?」

「どうしてその言い分で止まらないと思ったのでしょうか?」

「ミックが渡してくれた台本にそう書いてあったからだ」


 ジェイルが真顔でそう言った直後、ラジーンは頭を抱えた。


「やはりあの方が絡んでいたかっっ!」


 ジェイルらしからぬ言葉の応酬。

 少なからずそれに違和感を覚えていたラジーンだったが、それを聞き納得の奈落へ堕ちていく。


「しかし凄いなミックは」

「……失敗してるじゃないですか」

「いや、ちゃんとラジーンが抗議する事を見抜いていただろう」

「は?」

「忘れているかもしれないが、ラジーン、お前はミックに血を吸われているんだぞ? それにもかかわらず、反抗ともとられるべきラジーンの抗議を見抜くとは……脱帽だな」

「……確かに」

「お前がそれ程ここに馴染んだという事だ」

「問題の解決にはなってませんからね?」


 ラジーンがジト目をしながら言うと、ジェイルは人差し指を立てて言った。


「安心しろ、台本にはまだ続きがある」

「……は?」


 間の抜けたラジーンの顔。

 そんな間抜け顔から数分の後、台本に記されたモノが明らかになった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「「……っ!?」」


 現れたるは巨狼。

 漆黒の毛並みと真紅の瞳。

 不敵な顔をしながら元ときの番人たちに言う。


「ワンリルだ」


 そう、現れたのはZ区分ぜっとくぶんのミナジリ共和国の番犬――フェンリルワンリルだった。

 そんなフェンリルの頭の上からひょこりと顔を覗かせる少年と翁が一人ずつ。


「うっわ、アンタたちホントにミケラルドに血吸われたんだ。ドン引き」


 破壊魔パーシバルと、


「ふむ……そこの女子おなご、名は?」

「……ノエル」

「よし、ノエルはワシが引き受ける」


 その師、魔帝グラムス。

 ミケラルドからのせめてもの援軍。

 それがこの三人だった。

 ワンリルの威圧で皆が大きく警戒し、パーシバルの言葉でナガレの青筋がピキリと反応し、それをグラムスが丁寧にかき回す。

 しかし……いや、だからラジーンはこの時思った。


(一人のがマシだったのでは?)


 と。

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