◆その603 選抜されし女2

「でも、ミケラルド殿にそんな事が可能なのですか?」


 剣聖レミリアがナタリーに聞く。


「勿論、外からしか動けないよ。冒険者ギルドは絶対中立。こればかりは動きようのない事実だから。でも、アーダインさんもこれしか手を打てないだろうってミックが――あ、これは言っちゃいけないやつかな?」


 自分が言った言葉が国家機密に触れる可能性があるとして、それ以上先は続けなかったナタリー。

 これを聞いた聖女アリスとレミリアが見合う。


(絶対中立をうたってる冒険者ギルドを、外から思うままに操るって……それって)

(正に暗躍。とはいえ、勇者であるエメリーさんを世間的にもっと認知させるための行動。アーダイン殿も気付いていてそれに乗る他ないという事。けど気になる……)


 レミリアの思考を読み取ったのかそうでないのかは別として、エメリーがその先に小首を傾げた。


「私を際立たせて……何かあるんですかね?」

「んーとね、前の戦争の時、エメリーちゃん結構有名になったじゃない? その後、エメリーちゃんの実力が顕著に向上したのを見て、『勇者の【覚醒】にはソレが必要なんじゃないか』ってミックが言ってた」

「ソレ? 有名になる事が【覚醒】に繋がるんですか?」

「『人類の希望の覚醒がもし【数字】を得る事で発現するとすれば』って考えてるみたいだよ」


 それを聞き渋面を見せるアリス。


(なんか……やたら生々しい話じゃ……)


 頭を抱え傾げるエメリーが言う。


「数字……?」

「んー、私もよくわからないんだけど、『これは霊龍システムのご機嫌うかがいかもしれない』とかいつもの胡散臭さ全開で笑ってた。『実力、知名度、人気、希望を数字に当てはめて、霊龍が定めた基準値をクリアすれば、あるいは全体的にクリアすれば勇者は【覚醒】に至るんじゃないか?』とかなんとか?」

「ま、ますますよくわからないです……」

「まぁ私もよくわからないから。でも、答えがそうじゃなくても、ミックが毎日試行錯誤してるのは知ってるから、蔑ろには出来ないかなぁ」


 にへらと笑ったナタリーに、エメリーも同調するように笑った。


「ですねっ」


 それを聞き、レミリアが思い出したように言う。


「数字……なるほど。っ! では、ミケラルド商店がエメリー人形を売り始めたのは――」

「――それはミケラルド商店の数字のため」


 商売人の顔をして、ナタリーはニヤリと笑った。

 噛み気味に言ったというより言い切ったナタリーの顔を見て、レミリアが息を呑む。


(先程の無垢な笑顔が嘘のようだ……)


 肩をすくめながらナタリーが続ける。


「元々ミックがそれに気付く前に始めた事だからね。でも、これから更に力は入れるみたい」

「な、なるほど……」


 呑まれそうになったレミリアが、話題を変える。


「そ、そういえば、勇者エメリー人形と聖女アリス人形の売上競争はどうなったんですか? 以前、アリスさんが頑張って宣伝してたみたいですが」


 レミリアがそこまで言うと、エメリーが気まずそうに大地に目を流した。それに気付いたレミリアが小首を傾げる。

 ナタリーはそれを察し、そして空気を読んでレミリアにアイコンタクトを送った。


(あっちあっち)

(……アリスさん?)


 ナタリーの視線誘導により、レミリアがアリスを見る。

 するとそこには、ずーんと気分を落とした聖女が地面の雑草を抜き、ブツブツと何か零していた。


「いいですよいいですよ。私は宣伝までしたのに大して売れなくて、エメリーさんは宣伝してないのにぶっちぎりで、売上二位のクリス様なんて、私を気遣って『なんかすみません』とか言っちゃって……うぅ」


 よわい十五にして、その背に哀愁あいしゅうを漂わせるアリス。

 悪い事をしてしまったと感じたレミリアは、苦し紛れに先程の【数字】を取り出してナタリーに聞いた。


「ナ、ナタリーさん。各国の売上に偏りはあったりするのですか? 法王国やミナジリ共和国以外では別の方の売上がよかったり……とか?」


 そんなレミリアの意図がわかったのか、ナタリーは「うーん」と一言零した後、ポンと手を叩いてから言った。


「あ、ガンドフだけは聖女アリス人形の売上が一番だったかな!」


 それを聞き、耳をぴくりと反応させるアリス。

 レミリアはホッと息を漏らし、エメリーはアリスを気遣うように「おぉ!」と喜んだ。


「ほ、本当ですか……ナタリーさん?」


 隣にいる人類の希望エメリーよりも、ガンドフの売上に微かな希望を見出す聖女。


「うん、間違いないよ。確か『れびゅう』っていう評価シートがあって……あったあった」


 闇空間から羊皮紙の束を取り出すナタリー。

 そして、隣にいる人類の希望エメリーよりも、ガンドフのれびゅうに微かな希望を見出す聖女。


「ほら凄いよ、星五個評価がこんなに」

「「おぉ!」」


 エメリー、レミリアの感嘆の声と共にアリスが立ち上がる。


「ふ、ふふふふふ! どうですエメリーさん! これが私の人気というものですよ!」

「ウワー、スゴーイ」

「ナタリーさん!」

「なあに?」

「れびゅうには何と?」


 羊皮紙をめくり書かれている文字に目を流すナタリー。


「えっとね……『こりゃすごい! 細部の造り込みが正に職人!』とか『スカートの質感を上手く引き出している。知り合いのドワーフに見せたら、匠の成せる技だと驚いていた』とか『製作者買いです。やはりミケラルド商店の細部にわたる技術は最高です。デザインは高名なミケラルド氏が手がけてると聞き即買いでした。このモデルの人は有名なのですか?』……とか?」


 徐々に尻すぼみになっていくナタリーの言葉。

 ナタリーはれびゅうを読み上げながら現実という名のアリスから、いつのまにか目を背けていた。

 それはエメリーもレミリアも同じだった。

 ナタリーの言葉と共に膝を崩していったアリスを見て、レミリアが遠く東にあるガンドフの空を見る。


(そういえば、ガンドフはドワーフ国家。職人に売れたのか……)

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