◆その602 選抜されし女1

「はぁ! やぁっ!」


 目にも止まらぬ鋭い斬撃。

 残像さえ見せる程の素早い動きは、見る者をあっと言わせる。そして、その攻撃を受け続ける者も。

 聖騎士学校の放課後、勇者エメリーは事務員から一通の手紙を受け取った。差出人は冒険者ギルド。

 エメリーが手紙を読むとそこには――、


「とても良い動きです。正直、嫉妬を覚える程ですよ」


 汗を拭うのは剣聖レミリア。

 エメリーの攻撃を受け切るものの、痺れる手に困り顔を浮かべている。


「あ、ありがとうございます!」


 同じく汗だくになるエメリー。しかし、その顔にはまだ余裕が見える。それを見て、レミリアがようやく痺れが治まってきた拳を強く握る。


(本当に強くなった……動きを追うので精一杯。ミケラルド殿がSSSトリプルになった今、SSダブルは私と魔皇まこうヒルダ殿……そしてエメリー、、、、さん。ヒルダ殿の実力は未だわからないけれど、エメリーさんは既に私の先を行っている……)


 ミケラルドの手によって闇ギルドが崩壊したものの、その手柄はオリハルコンズのもの。ナタリー、メアリィはランクBへ上がり、エメリーはSSダブルへと昇格。これによりオリハルコンズの名は世界的に有名なパーティとなった。

 休憩していた聖女アリスがエメリーを見ながら言った。


「それにしても、まさかリィたんさんが辞退、、するとは思いませんでした。成績順ならミケラルドさんだったんじゃないですか?」


 そんなアリスの何気ない質問にエメリーが答える。


「あー、えっと、ミケラルドさんは別口で呼ばれてるんです」

「別口?」


 コトンと小首を傾げるアリス。

 それに答えたのはレミリアだった。


「胸を貸す側ですよ」


 そう言われ、アリスは得心したようにポンと手を叩く。


「そっかぁ、ミケラルドさん一年でSSSトリプルまで上がっちゃいましたからね。そう考えると【開会の儀】に呼ばれるのはエメリーさん、か」


 三人が話していたのは、冒険者ギルドが毎年開催する武闘会について。

 そして、エメリーに届いたのは、今年の【開会の儀】の選抜通知。

 開会の儀とは、昨年の優勝者が冒険者のいただきであるSSSトリプル冒険者の胸を借り、模擬戦を見せるという武闘会の人気デモンストレーションである。

 そのSSSトリプルに呼ばれたのが、ミナジリ共和国の元首ミケラルド・オード・ミナジリ。

 本来これに参加し、挑戦するのは昨年の優勝者であるリィたんである。しかし、リィたんはこれを辞退し、繰り上げで選抜されたのがエメリー……という事になっている。


「よいしょ……あぁ疲れたー」


 アリスの隣に腰を下ろしたのは、その二人を良く知るミナジリの創設メンバーの一人――ナタリーだった。


「お疲れ様です」

「うん、ありがとう……」


 ぐったりと疲れを見せるナタリーに、くすりと笑うアリス。


「ナタリーさん、もしかして今年の参加を狙ってるんですか?」

「んー、出来たらいいとは思ってるけど、多分無理。ミックのおかげでランクBにはなったけど、今の私ってそれだけだし……」


 少し不満そうに口を尖らせるナタリー。

 パーティとしての功績を考えれば、ナタリーとメアリィのランクアップは妥当である。しかし、その実力はと聞かれれば、ランクBのである。

 だからこそナタリーはランクに見合う実力を付けるため、こうやって放課後の訓練に余念がないのだ。


「じゃあ来年を?」

「うん、来年なら挑戦出来ると思うってミックが言ってた」

「ミケラルドさんが? ナタリーさん的にはどうなんです?」

「んー、わかったらいいとは思うんだけど、私そういうのよくわからないから……」


 ナタリーは年相応に困ったようににへらと笑った。

 すると、レミリア、エメリーも休憩のため、二人のところへやって来た。

 二人を見て、ナタリーが思い出したように言う。


「あ、さっきの選抜の件だけど」

「あぁ、聞こえてましたか」


 レミリアが反応し、ナタリーが更に続ける。


「リィたんが辞退したのは、エメリーさんを際立たせるためだって」

「私……を?」


 自身を指差すエメリー。


「ミックは相変わらずミックだからね」


 それだけで片付けようとしたナタリーに、アリスが眉をひそめる。


(それはつまり、存在Xが暗躍しているという事では?)


 アリスとレミリアはナタリーの言葉の意味に気付いたが、エメリーはそうではなかった。しかし、えて伏せたという事はわかったのか、エメリーは声を落としてナタリーに聞いたのだ。


「もしかして……リィたんさんがSSダブルに上がらなかった理由とも関係してます?」

「んー、少しね」

「それってどういう?」

「そもそも、リィたんがSSダブルに上がれたのに上がらなかったのは、他のランクS冒険者からの不満を零させないためでもあるんだよ。世間的に見ても冒険者ギルドのオリハルコン贔屓びいきに見えちゃうのはどうしようもないけど、オリハルコンズのメンバーの一人が昇格を断ったって事実が重要みたいで……ん~難しいな」


 顔を難しくさせたナタリーに、レミリアが言う。


「そういえば、冒険者ギルド併設の酒場でも、冒険者たちがそんな論争をしてましたね。確かにリィたん殿がランクSに留まれば、他のランクS冒険者は文句が言えない。名実共に揃っているから」

「そうそう、で、エメリーさんもそれが揃ってるからSSダブルに上がれたって訳。とりわけ、連合軍の中で魔族四天王と戦って生き残ったって実績は、SSダブルに上げるのには十分だったってミックが言ってた」


 いつしか、その談合のような会話は、四人の頭を寄せ合いながら深まっていくのだった。

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