◆その601 子連れ剣鬼5

「ご、ごごご……?」


 ボコボコにされ、名乗りすら許されなかった壇上の男は、元闇ギルドのハンドレッドに所属していた。ハンドレッドの大部分はミケラルドが吸血し、その支配下に置いた。しかし、それは全てではなかった。

 たとえ、ミケラルドといえど、接点を持たなかった存在の吸血は不可能なのだ。

 闇ギルドの幹部――【ときの番人】の情報網を使えども、たどり着けない闇人やみうども存在する。この男もまたその内の一人だった。

 壇上の男、その部下をボコボコにし、紳士風の男たちを縛り付け、オベイルはようやく檻の中を見た。


「よぉ、災難だったな」


 少女を気に掛けるようにそう言うも、檻の中からは不満の声が零れた。


「何でなのだ!」

「うぉ!?」


 檻の鉄格子を掴み、中からオベイルに肉薄するロイス。


「な、何だ? 捕まってた割には元気そうじゃねぇか?」

「何で私にお菓子くれた人たちを殴るのだ!? 鬼っ子は悪いヤツか!?」

「いや、だってお前……売られるところだったんだぞ?」

「売られる? 売られるとは何なのだ?」

「あ? そんな事もわからねぇのか?」

「習ってないのだ!」

「誰に?」

「ん!」


 オベイルを指差すロイス。


「何で俺なんだよ!」

「鬼っ子がそう言ったのだ! 『俺が面倒見てやる』って!」

「あん?」


 間抜け面になりながら太い首を傾げるオベイル。


「いや、初めて会っただろ?」

「何を寝ぼけた事を言ってるのだ! 鬼っ子!」

「……ん? 鬼っ子? 何で爺みたいに呼ぶんだ? いや……待てよ?」


 じっとロイスの顔を覗き込むオベイル。

 すると、ロイスがオベイルの胸倉を掴んだ。


「え?」

「お仕置きなの……だ!」


 オベイルの首が鉄格子の隙間にすぽりと入る。いや、すぽりと入ってしまう程の膂力りょりょくでロイスが引っ張ったのだ。

 その勢いを利用し、ロイスの額がオベイルの額を襲う。


「っっってぇええええええ!?!?」


 廃墟群にガーンと響いたとてつもなく重い音。

 オベイルの首は鉄格子ゆっくりと滑るように落ち、ロイスの足下で悶絶している。

 ロイスが腕を組み、ふんすと鼻息を荒く吐く。


「反省するのだ」


 倒れざまに感じ取ったよく知る魔力。

 オベイルはロイスを見上げ、涙目になりながら言った。


「おぇロイスかっ!?」

「何をとんちんかんな事を言ってるのだ? どこからどう見ても私なの……おぉそうか! ふふん、どうだ鬼っ子、この姿は!?」

「脳がおっつかねぇよ! おぇの頭突きでぐわんぐわんしてんだよ!」

「ロイス自慢の必殺技なのだ」

「必ず殺してから言え! ったく!」


 オベイルは両手で鉄格子を力任せに開け、その首を外す。


「あぁ! 私のお部屋、、、が!?」

「こんなところ気に入るんじゃねぇ!」

「ちゃんと直すのだ!」

「わーったよ! これでいいんだろこれで!」


 広げた鉄格子の空間を力任せに戻し、ロイスの顔がパァと明るくなる。


「ふふふ」


 嬉しそうに檻の床に寝転がるロイスを見て、オベイルがやれやれと肩をすくめる。


「ほっほっほ」


 すると、どこからか知った声が響いた。

 すぐに声の主を特定し話しかけるオベイル。


「何だ爺、来てやがったのか」

「鬼っ子にロイスを任されたからな」


 現れた剣神イヅナを床から見上げ、ロイスが言う。


「おぉ、爺! 一体どこに行ってたのだ? 迷子か?」

「ほっほっほ、ま、選択には迷ったかな」


 意味ありげなイヅナの言葉に首を傾げるオベイル。


「選択? あ、おい爺! まさか最初からいやがったのか!?」

「地上に出てからはすぐに見つかったからな」

「ロイスが捕まってるのに、なぁーに観戦としけこんでんだてめぇ!」

「私も最初はそうするつもりはなかった。だがリィたん殿がな?」

「あぁ? 何でリィたんが出て来るんだよ?」

「ロイスに人化を教えたのがリィたん殿だ」

「くそ! そういう事かよ! んで、リィたんが何て言ったんだよ」

「『良い社会見学になる』と」

「くそがぁ! で! 選択に迷ったってのは!?」

「鬼っ子にロイスの正体を教えるかどうか。あ、観戦したのはそこだ」

「てめぇ爺っ!」


 イヅナはオベイルに胸倉を掴まれ宙ぶらりんになっている。


「ほっほっほっほ」

「何もしねぇとは冒険者の風上にも置けねぇ野郎だ!」

「いや? ちゃーんと監視をしとったぞ」

「あぁ!?」

「ほれ」


 イヅナが指差すと、そこには法王国騎士団長のアルゴスが騎士たちを連れなだれ込んできたのだ。


「捕縛!」

「「捕縛!」」


 アルゴスはなだれ込むなりそう指示し、騎士たちはとほほと項垂れる紳士風の男たちを連れて行く。


「何だよ、ちゃんと呼んでたのか」

「リィたん殿がな。私は見張りだ」


 イヅナが言いながら先程オベイルが立っていた支柱の上を見る。

 そこには、静かにロイスを見下ろすリィたんが立っていた。

 ロイスはリィたんを見上げ、そしてまた指差す。


「水龍リバイアタン! ここで会ったが五年目なのだ!」


 それを見たオベイルがどっと疲れが出たかのように肩を落とす。


「何で俺の周りには、気軽にぶん殴れるヤツがいねぇんだ……!」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 かくして、ロイスは人化を覚え、当初の目的通り冒険者となった。

 社会見学、社会勉強。そう言い聞かせながらも、オベイルはロイスの冒険を見守った。

 そして、人々は言う。

 ――剣鬼は今日も子連れだ、と。

 しかし、別の見方もあった。


「ロイス! てめぇギルドの扉は壊すなっていつも言ってるだろうが!」

「鬼っ子だっていつも壊してるのだ!」

「たまにだ、たまに!」


 ――子供は今日も剣鬼連れだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る