◆その600 子連れ剣鬼4

「「おぉ!」」


 ロイスと共に地下道を歩いていた男たちが、壇上に巨大な物体を運び入れる。立方体の物体には深紅の布がかけられ、中が見られない。

 身を乗り出す紳士風の男たち。しかし、すぐにその首を傾げる事になる。


「んがんが! むー、言ってた程美味しくないのだ」


 深紅の布の中から聞こえたのは、咀嚼音と不服の声。

 壇上の男はピタリと止まり、中をちらりと覗いた後、部下の男たちを見る。

 そして小声で聞くのだ。


「おい、薬はちゃんと使ったのか?」

「へい、勿論です」

「でも全然寝てくれなくて」

「檻には自分から入ってくれたんですけどね」


 部下たちの説明に渋面を見せる壇上の男だったが、ここは客を相手する場。

 すぐに笑みを戻して皆に言った。


「で、ではご紹介しましょう。赤髪せきはつの美少女ロイスです!」


 バッと布が外され、中から人間大の四角い檻が現れた。

 中には、自身の親指と人差し指をペロリと舐めるロイスが一人。


「んお?」


 直後、壇上の男が硬直する。


(何だ? 今の魔力は……?)


 それは、ロイスから漏れた魔力だった。

 しかし、檻の中にいる少女として認識した事で、それがロイスのものであるかまでは判断出来なかったのだ。

 ロイスを見て湧き上がる紳士風の男たち。


「「おぉ!」」


 その声を受け、現実に戻された壇上の男は、コホンと咳払いをした後に言った。


「いかがでしょう、このロイス。見目麗しく健康的。これまでの商品とは雲泥の差である事は、皆さまにもおわかりでしょう。さぁどうです? 愛でるもよし。いたぶるもよし。死ぬまで牢で飼い殺してもいいでしょう」

「素晴らしい!」

「是非ワシのコレクションに加えたい!」

「早く! 早く始めてくれ!」

「場も温まった事ですし始めましょう。本日の目玉、赤髪せきはつの美少女ロイス! 白金貨百枚から!」

「百二十!」

「百三十だ」

「こちらは百五十出す!」


 ニタリと笑う壇上の男とその部下たち。

 白熱する競りは薄暗い廃墟に響き渡る。

 それを奇異の視線で眺めてたのが、何を隠そうロイスである。


「おぉ~……変な顔がいっぱいなのだ」


 仮面のデザインに触れ、


「すごいのだ。十より大きい数字がいっぱいなのだ。こやつら……デキる!」


 高騰し続ける価格に興味を持った。


「三百七十!」

「「おぉ!」」


 どんな悪人にも私財には限界がある。

 上がり続けたロイスの価格は白金貨三百七十にまで膨れ上がった。

 しかしそれ以上は――、


「三百八十ないか? 三百八十はありませんか?」


 壇上の男が聞くも返ってくるのは沈黙のみ。


「三百八十なのだ!」


 何故か檻からは返ってくるものの、紳士風の男たちは皆悔しそうに沈黙している。

 やがて壇上の男は小さな木製のハンマーをカンと鳴らす。


「ではそちらの赤い仮面のジェントルマンに決まりです」


 落札者を手で差し、そう言った壇上の男。


「ふはははは! やった! やったぞ!」


 落札者は立ち上がり喜んでいる。


「くっ、最近羽振りがいいようですな。羨ましい限りです」

「いや、おめでとうございます」


 落札者の周りには悔しがる者、祝いの言葉を掛ける者もいた。

 歓喜を顔に浮かべ、のそのそと檻に近付く落札者。


「ひひひひ、た〜っぷりと可愛がってやるぞぉ……!」


 檻の中のロイスは、


「お前、口臭いのだ」


 鼻を摘んで落札者の不満を垂れる。


「くっ! 生意気なガキだ! だがそんな事を言ってられるのも今のうちだ」


 落札者に近付く壇上の男。


「では、お屋敷までお運び致します。そこで正式な取引という事で」

「うむ」


 そんなやり取りの直後、轟音を響かせ廃墟の屋根が消えた。


「お?」


 檻から空を覗くロイス。

 しかし、他の男たちは何が起こっているのか見当もつかなかった。


「……え?」


 落札者は消えた屋根を探すように周囲の空を見渡す。

 見えるのは空ばかり。

 だが、その声には反応があった。


「このオークション会場で売ってるのは絵じゃねぇよな?」

「「え?」」


 声のした方に皆が向く。

 そこには、屋根の支柱の上に立つ、大剣バスタードソードを担いだ大男がいたそうな。


「どう見ても絵じゃねぇよなぁ?」


 皆が一歩たりとも動けない、あり得ない程の重圧。

 それに気付けたのは壇上の男だけだった。

 だからこそ大剣バスタードソードを担いだ大男もとい剣鬼オベイルはその男を見たのだ。


「おぇだな、最近悪さしてるっつー元闇人やみうどは?」

「……け…………け、剣鬼……オベイル……?」

「自己紹介はいらねぇようだな。……ほーぉ? お前アレだな? ミックが行方を探してるっていう【ハンドレッド】の生き残りだろ?」


 魔力、その微かな動きを見、壇上の男の正確な実力を見抜いたオベイル。


「に、逃げろ……」


 微かに振り絞った言葉は、皆への退避勧告。

 それを受け、ようやく現状に追いついた皆が慌てだす。

 しかし、オベイルが大剣バスタードソードを一振りした。

 その大風は皆の足を止める。


「逃がすと思うか?」


 ハンパない鬼が――わらった。

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