◆その599 子連れ剣鬼3

 倉庫のような大きい二階建ての家屋。

 その天井から噴水のよう飛び上がる人、人、人。

 家屋の中から響く轟音と悲鳴。その中に一つ、気合いの入った声があった。


「おぅら! 鬼剣、爆裂! 飛んでけ!」


 人間という人間が矢玉のように飛び、屋根を貫いていく。

 星になった仲間たちを茫然と見上げる目が点の女――ナターシャ。


 逃げ惑う仲間たちは……鬼から逃げられない。

 調度品を打ち、人間に当てる。

 人間を打ち、人間に当てる。

 当たった人間が、勢い衰えず次の人間に当たる。

 当てられた人間が、吹き飛ばされ人間に当たる。


「お! 今のは良い感じだったな! 今日はツイてるぜ!」


 間接的に当てた人間が悶絶する中、剣鬼オベイルは嬉々として笑った。


「お前で最後だな」


 最後に追い込まれたのはこの組織の親玉レントン一家のレントンだった。

 スキンヘッドの中年男レントンは、正座し、伏したまま一向に動かない。


「オ、オベイルの旦那! 前回こっぴどくやられた時、アッシは誓ったじゃないすか! 何が癇に障ったのかは知らねぇが、アッシらは何もしちゃいねぇ! どうか! 今日はどうかお引き取りを!」

「あ? 最近、人身売買の窓口始めたんだろ? それで何もしちゃいねぇってのは筋が通らねぇよ」

「そんな! ウチはもう悪事からは手を引いたんだ! 今はしがない金貸しでさぁ!」

「金利は?」

「十日で五割」

「……嘘だな」


 目をギロリと向け、すぐさまレントンの嘘を看破するオベイル。


「ひっ!?」


 殺気を放ち、大剣バスタードソードの面をレントンの首の横に置くオベイル。


「正直に言わねぇとその首をホーリーキャッスルの飾り、、にするぞ」

「す! すんません! 本当は十日で十割でやらせて頂いてますっ!」

「かぁ~! ホント、どうしようもねぇ奴だな。ま、貸しちまったもんは仕方ねぇ。明日までに金貸した奴に新しい契約書を用意しろ。勿論、金利は法の範囲内でだからな」

「そ、そりゃないよオベイルの旦那!?」

「お? 今日は法王の部屋に首のルームサービスが届くかな?」


 額に手を添え、屋根の大穴から遠目に見えるホーリーキャッスルを眺めるオベイル。


「い、一所懸命にやらせていただきますっ!!」

「最初からそう言やいいんだよ」


 首の横にあった大剣バスタードソードを頭の上に移動させ、ゴツンと落とすオベイル。

 土下座したまま意識の刈り取られたレントン。それを見たナターシャは小さな悲鳴を挙げる。


「さて、ナターシャだっけか? アンタァ、どうやらレントンの知らないところで窓口をやってるみたいだな。身寄りのない子供の人身売買だ。小遣い稼ぎにしちゃ割が良いだろ? ん?」

「あ……あ……」


 厚化粧がひび割れ、口を金魚のようにパクパクとさせ、震える瞳で鬼を捉えたナターシャ。

 突き刺すように鋭い目をした鬼を前に、ナターシャは観念するしかなかった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「なるほどな、西の廃墟群の中から週替わりに店として使ってるのか。上手く考えたもんだ」


 レントン一家の家屋を出る前に、オベイルは縛られたナターシャに言った。


「あ、起きたらレントンの奴に伝えておいてくれ。暴利で過払いしさせた分はちゃんと返せってな。あぁ、そうしないとその頭蓋骨を法王の花瓶にするとも伝えておいてくれ」


 そんな声が響く中、ナターシャは慣れ親しんだ根城を見渡す。

 たとえ大嵐がきたとしても、ここまでは荒れないという荒れっぷり。

 その惨状を改めて見、ゴクリと喉を鳴らしたナターシャが小さく零す。


「……鬼……」


 その背に背負うは身の丈程の大剣バスタードソード。しかし人は口々に言う。怪力無双のSSSトリプル冒険者オベイル。またの名を剣鬼と。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 西の廃墟の一つ。

 薄暗い屋敷の中、小さな明かりが灯っている。

 蝋燭の火が揺れ、最奥で開かれる怪しいオークションが照らされる。

 廃墟には似つかわしくない人々。身なりよく、歩き方にもどこか気品ある紳士風の男たち。顔には怪しい仮面を付け、簡素な椅子に腰を掛ける。

 壇上に一人の男が現れる。その中では異常な空気を纏う男。その男を前に、紳士風の男たちがゴクリと喉を鳴らす。

 異常な存在感と揺らめく魔力。鋭い眼光から漂う意図せぬ殺気。


「皆さま、ようこそいらっしゃった。今宵もオークションを始めよう」


 男が言い放った言葉に、紳士風の男たちは嬉しそうな声を漏らす。


「おぉ、待っていましたぞ!」

「最近はこれが一番の楽しみじゃ」

「はははは、楽しみは購入した後なのでは?」

「なに、この場の空気を楽しんでこその度量よ」


 一つ手を挙げ、壇上の男が場をおさめる。


「今宵は一際特別な商品を仕入れました。落札開始価格は白金貨百枚から」


 それを聞き、紳士風の男たちに動揺が走る。


「なんと、それは楽しみだな」

「素晴らしい、普段は白金貨一枚からだというのに……」

「は、早く始めてくれ!」


 仮面の中の瞳がギラつく。

 宿るのは、ただ尽きる事のない欲望のみ。

 薄気味悪い笑みと共に、壇上の男が言う。


「それではオークションを始めましょう」

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