◆その597 子連れ剣鬼1

 ここは法王国、剣鬼オベイルの家。

 家の外では剣神イヅナがじっと目を閉じ、静かに立っている。

 炎龍ロイスはそれをワクワクドキドキしながら見つめている。


「何が起こるのだ?」


 ロイスが聞くも、イヅナからの返答はない。


「何が起こるのだ、じじいっ?」


 すると、集中していたイヅナが溜め息を吐いて片目を開ける。


「……まったく、鬼っ子の言葉を真似するんじゃない」

「何もしないのだ?」

「そうだな、ロイスの爪切りでもするか」

「そんなに伸びたのだ?」


 イヅナにそう言われ、自分の爪を見つめ目を細くするロイス。


「ほれ、手を出しなさい」

「はーい」

「ほっ、ほっ、ほっ」


 目にも止まらぬ斬撃。しかし、ロイスはイヅナに全てを委ね、イヅナは手馴れた手つきでロイスの爪をカットした。


「ふむ、こんなものか」

「お~、つやつやなのだ」


 鏡面の如く輝く自分の爪に頬ずりするロイス。


「ほっほっほっほ」

「ほっほっほっほーなのだ!」


 上機嫌な二人が笑い合ってると家の扉が開き、中から剣鬼オベイルが眠たそうな目を擦りながら出て来た。


「ようやく起きたか、鬼っ子」

「ようやく起きたか、鬼っ子」


 イヅナの言葉を真似するように言うロイス。


「うるせぇ、てめぇらが早起きなだけだろうが」


 そう言った後、オベイルは大きな欠伸あくびをした。

 するとロイスが気付く。オベイルが身支度を済ませている事に。


「鬼っ子、どこか行くのだ?」

「あー、ちょっとな」

「ちょっと何なのだ?」

「……面倒くせぇ。爺、説明」


 イヅナに説明を任せたオベイル。

 やれやれ呆れたイヅナだったが、目をキラキラとさせるロイスには、たとえイヅナと言えども逆らえなかった。


「ボンが【ときの番人】を壊滅させた事による弊害があちこちで起きててな」

「へーがい?」


 首を傾げるロイス。


「鎖を断ち切られた悪人が各地で悪さをしてる。そういう事だ」

「おー」

「無論、ボンのおかげで大きな闇を潰す事が出来たし、事実、犯罪件数も減った。しかし、それでも消えないのが闇の恐ろしいところだな」


 イヅナが説明を終えると、オベイルがイヅナを指差して言った。


「そう、そう言ったかったんだよ俺は。わかったか、ロイス」

「悪い奴が沢山いるって事はわかったのだ。それで、鬼っ子はどこに行くのだ?」


 大剣バスタードソードを担いだオベイルが、ニヤリと笑う。


「あぁ? その悪い奴らをぶっ潰しに行くんだろうが」

「おー?」

「んだよ、ノリ悪いな。それじゃ爺、ロイスの事頼んだぜ」


 オベイルが冒険者ギルドに向かって歩いて行くのを見送るイヅナとロイス。


「そうかー、今日は鬼っ子いないかー」

「ロイスへの監視がなくなった事もあり、鬼っ子や私にも依頼が来るようになった。無論、同時には受けぬがな」

「ん~……私にはこないのだ?」

「こない、とは?」

「悪者退治」

「……依頼という事かな?」

「たぶんそれなのだ」

「依頼は冒険者にならないとこない」

「おぉ! じゃあ私もなるのだ!!」


 助言を受け、大きな声で言ったロイスに、イヅナが困った顔を浮かべる。


「ロイスが冒険者に?」

「そうなのだ! 鬼っ子と一緒に悪者退治なのだ!」

「むぅ……いや……しかしな……」


 イヅナはオベイルの家を見、ロイスを見た。

 家よりも大きなロイスの身体。中身は子供なれど、その体躯は人の数十倍。


「ダメなのだ?」


 首を傾げるロイスの純粋なまなこ

 困り果てるイヅナ。


「駄目で元々……か。よし、ちと待っていなさい」

「おぉ!」


 イヅナはオベイルの家に入り、一枚のマジックスクロールを起動させた。

 繋がった先は――、


『はい、どうしました? イヅナさんから連絡してくるなんて珍しいですね?』

「すまんなボン、、


 どこかの国の元首様。

 イヅナの説明にうんうんと相槌を打つミケラルド。

 その相槌が徐々に弾んでいく。

 そして、その全てを聞き終えた時、ミケラルドのテンションは最高潮に達していた。


『イイ! とてもイイですね、それ!』

「そうかのう?」

『公共の利益になりますし、何よりロイスの成長にも繋がります! つまり、最の高ですよ!』

「しかし、サイズがサイズだろうに」

『だいじょーぶだいじょーぶ! 今そっちに当ミケラルド商店が誇る最高のエージェントを送りましたので!』

「えーじぇんと……?」

『はははは! それは着いてからのお楽しみですよ! それじゃ忙しいのでまた今度っ!』


 笑いながらフェードアウトしていくミケラルドの声。

 首を傾げながら再び外に出たイヅナ。

 すると眼前には、鋭い目をしたロイスが切ったばかりの爪を正面に向けていた。更には魔力を伴い、威嚇する姿勢すら見せている。

 ただ事ではないと感じたイヅナだったが、ロイスが爪を向けている相手を見て納得に追い込まれてしまった。


水龍リバイアタン、、、、、、、、! ここで会ったが五年目、、、なのだ!」


そう、ロイスの前に現れたのは、リィたんだったのだ。


「私が会いに来たんだ。そういえば、もうすぐ六歳になるらしいな。めでたい事だ」


 そんな二人を見て、イヅナが深い溜め息を吐く。


「やれやれ……なるほどな、確かに最高のエージェントだ」

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