その596 牢の中で

「男の子ですよ」


 俺はそう返す事で、またシギュンを煽った。

 いや、からかったと言うのが正解かもしれない。


「そう見えていたら、こんな結果も変わったのかしら?」

「いえ、それだけは絶対にあり得ません」

「……そう」


 不満気な様子だが、以前より不穏な陰はない。

 年相応の……魔女って感じだ。


「そう言えば、刑が確定したそうですね」

「その口、いつ閉じてもらえるのかしら?」

「かなりの温情ですよね。終身刑だなんて」

「……体裁を考えれば当然よ」

「あぁいいですね。それでこそシギュンさんですよ」

「法王暗殺未遂……国家転覆の余罪含めて本来なら四肢をバラバラにしての死刑、もしくは火あぶりがいいところ」

「ですねえ」

「否定しないのね」

「実際出来ないですから」


 ニコリと笑いながら言うと、シギュンはすんと鼻息を吐いてから先を続けた。


「それを止めるのがあの法王クルスって男よ」

「ですねえ」

「止める事で温情をアピール。やめる事で後の法王を止める。私の法王国への功績は表に出しやすいものばかりだから内々で処理するのも簡単。一生かけて罪を償え? そんなのは建前よ」

「よくわかっていらっしゃる」

「奴が私を許さない事、私を政治に利用している事。国のトップとして当然よ」

「仰る通り」

「…………で? それに一役買ってるどこかの国の元首もいるんじゃなくて?」

「はて?」

「……言うと思ったわよ」


 小難しい顔をして呆れるシギュン。


「驚きですねえ、そんな情報がどこから?」

「オルグが読んでるクロード新聞にそう書いてあったわ」


 得意気に語るシギュン。

 なるほど、言葉は交わさずともオルグが持ってくるクロード新聞から情報を。まったく、抜け目がないのはどっちなのやら。

 ……ん? シギュンが何か言いたげである。


「……」


 しかし言葉には出さない。


「お手洗いですか? そちらにありますのでどうぞ」


 俺は罪人用丸見えトイレを手で差し、シギュンに気を遣った。とても気を遣ってあげた。


「っ! 違うわよ!」

「大丈夫ですよ、私、気にしませんから」

「私が気になるのよ!」

「やっぱりトイレなんじゃないですか?」

「そういう事じゃない!」

「じゃあ今の間は何です?」

「それはっ……!」


 やはり、何かを言いたい……いや、言って欲しいのか?

 これまででかなりからかったが、それ以上を? いやいや、そういう雰囲気でもなさそうだ。

 すると、そっぽを向いてしまったシギュンが、ついに観念したのか俺に聞いてきた。


「……貴方は聞かないの?」

「え?」

「……何故私が闇に堕ちたのか」

「あー、それを聞いて欲しかったんです?」

「ち、違っ――!」

「私もシギュンさんに似ててですね。あまり無駄な事はしたくないんですよ」

「私の過去が無駄だと?」

「そう聞こえたのなら謝ります。でもそうじゃない。どんな過去が今のシギュンさんを作ったのかは知りませんが、それを聞いたところで、私の心には虚無しか生まれません」

「……辛辣しんらつね」

「私、不幸自慢って嫌いなんですよね」


 俺が突き放すようにそう言うと、シギュンはそれはそれは深い溜め息を吐いたのだった。


「逆に聞きますけど、『人間として事故で死んで、吸血鬼として生まれ変わって、人間たちが魔族に食べられる姿をニコニコしながら耐えて、魔族四天王の親に殺されそうになって、命からがら魔界から逃げたのに水龍に殺されそうになって、何とか助かっても人間から狙われる』ってそんな不幸より不幸、、、、、、、、、ってどんな不幸です?」


 俺の言葉でシギュンはピタリと止まる。そして、物凄く難しい顔をしながら小刻み震え、遂には何かに負けたようにまた溜め息を吐いた。


「……負けたわ。そうね、私の過去を聞いたところでそんなのは紙屑みたいなものね」

「紙は結構貴重ですよ」

「何よまったく……」

「ハハハ」


 小さく笑いながら、俺は彼女にサプライズプレゼントを送った。未だ背を向けているシギュンはそれにまだ気付いていない。

 しかし、六面のオリハルコンに反射し、シギュンはバッと俺を見て言った。


「ル、【ルーク・ダルマ・ランナー】……!?」


 立ち上がり、更にサプライズ。


「【デューク・スイカ・ウォーカー】……!」


 再びミケラルドの姿に戻り、シギュンに笑いかける。


「ずっと言えませんでしたが、実は、貴女との会話は嫌いじゃありませんでした」

「ふ、ふふふ……ふふふふ……あはは……ははは」


 このサプライズに驚き以上の愉快を感じたのか、シギュンはお腹を抱えて笑い、遂には――、


「あはははははっ」


 目の端に涙を溜めながら笑った。

 俺が滑稽なのか、自分が滑稽なのか、それとも痛快な程に面白かったのか、或いはその全てか。

 俺は微笑み、シギュンは嬉しそうに笑った。

 しばらくそれを眺めた後、きびすを返した俺の背に、ようやく落ち着きを見せたシギュンが言った。


「……久しぶりにこんなに笑わせてもらったわ」

「それは何よりです」

「ホント、嫌な男」


 それは、これまで聞いたどんな言葉より明るく聞こえた気がした。だから俺は、これまで通りにこう返すのだ。


「男の子ですよ」


 元神聖騎士シギュン。

 何とも手強く、何とも恐ろしく、如何ともし難い相手。

 だが俺は立ち止まる訳にはいかない。この先に待ち受けるのは彼女以上の強者たち。進む事でしか成せない俺だけの道。

 困った世界に魂だけやって来て波乱万丈に生きているが、こうもしっちゃかめっちゃかだと美少女手当くらい付けてくれてもいいと思う反面、しっかりしなくちゃなと思う部分もある。

 立ち止まれない、振り返れない。正に暗中模索。

 俺がしっかりしなくては、後ろを進む人たちが針路に迷ってしまうだろう。

 それに……立ち止まったり、振り返ったりすると……また彼女に笑われてしまいそうだ。


「また来なさい。存分にからかってあげる」


 俺の背にそう言ったシギュンの言葉の真意はわからない。

 だが、俺は手をヒラヒラさせるだけで振り向く事はない。振り向いてなんかやるものか。そう決めたばかりなのだから。

 さて、この節目を機に様式美としてこう言っておこう。


 ――俺たちの旅は始まったばかりだ、と。

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