その594 二割の女
「……それで引き受けちゃったの?」
毎度お馴染みナタリーさんの呆れたお顔。
語弊を恐れず言うのであれば、俺はこのご尊顔がそんなに嫌いではない。後に「諸説あるが」と言われそうだが、俺はナタリーのこんな顔を見るために面倒事を持ってきているのかもしれない。
面倒事とは
「ふむ、女聖騎士の特別顧問……か。確かにミックならば最適だろうが、シギュンを捕まえた直後だろう? よくはわからないが反感? なるものがあるのではないのか?」
リィたんのご指摘もご
人間の感情の流れをよく理解していて、弁解の余地もない。
「えっと、そうは言っても月に二回だけだからこれまでよりかは楽になるかと」
「聖騎士学校の授業の受け持ちが増えたんでしょ?」
「残りの
ホント、何の余地もない。
法王国は今、混乱の
聖騎士団だけならまだしも、シギュンの裏切り、法王クルスの怪我(嘘)、聖騎士団長オルグの退任。法王国の象徴とも言うべき柱が三本も折れたのだ。法王国民の不安も仕方ないだろう。
本当ならオルグの退任くらいは時期をずらしたかった。しかし、そうもいかないのが現状だ。
オルグのシギュンに対する感情は人の物差しでは計れない程だ。これは、シギュンの手腕の成せる
とにかく、オルグは次の餌を用意しないとどうにもならない状況にあった。それこそ精神が崩壊する一歩手前である。
シギュンが追い詰め、知らず知らずの内にオルグは崖っぷちに立っていた。どうしようもない程の
シギュンやクインの今後がどうなるかはわからない。
自死だけはしないよう対策こそ打ってはいるものの、あのプライドだ。精神を病んでしまうかもしれない。
まあ、彼女たちはそれだけの罪を犯してきた。償うためには仕方ないのだろうが、これもまた人の
「それより問題はこっちです!」
ナタリーの部屋に響き渡る乙女の声。
発信源は、腕を組み仁王立ちする聖女。
隣には少々恥ずかしそうな勇者がおりました。
「どうしたんですか、アリスさん?」
「どうしたもこうしたもないです! 何でシギュンが捕まった直後に聖騎士団の購買部で私たちの人形が売られ始めたんですか!?」
「それは……聖騎士団の…………洗脳のため?」
「そこ! もう少し言い繕えなかったんですか!?」
「……再教育?」
「そこはもうどうでもいいです! 問題はその人形の衣装ですっ!」
どこからか取り出したか、怒聖女アリス様は自身のディフォルメ人形を持ち、もう片方の手で指差した。
該当箇所は
「何ですかこのキワッキワの服は!?」
「キワッキワて……」
確かにこの世界では珍しいミニスカートではある。現代人の俺から見たら、膝上十センチメートル程で、そこまで際どい訳ではない。しかし解せない。
「ウインクしてるし!」
「可愛いじゃないですか」
「かわ!? いえ、それはいいとして、この服! 何とかならないんですか!? エメリーさんからも何か言ってやってください!」
確かに、勇者エメリーのお言葉も頂戴したいところだ。
「えーっと……こ、困ったな……」
八の字になった眉がとても印象的でした。
ぎゃーすか言ってるアリスを指差して、俺はナタリーを見る。
「んー、おかしいなー。お母さんと相談して決めたはずなんだけどね」
そんなサラッとした言葉がアリスをピタリと止める。
「何だ、やっぱりそうなんじゃないですか」
契約至上主義の俺が、こんな過ちを犯すはずがないとは思っていたが、ただのアリスの反抗期か。
「あ、あれは! こ、こういう風に売られるとは思わなくてですね!? エメラさんがあまりにも『可愛い可愛い』って言うし!? 私ものせられちゃうじゃないですか!?」
「契約書は何度も読み返してくださいって言ったじゃないですか」
「エ、エメリーさん!」
「えーっと……もう遅いんじゃないかな、アリスちゃん」
人差し指同士をつんつんとさせ、零すように言ったエメリー。俺は再びナタリーを見る。
「もう結構売れてるはずだよ? 世界各地で」
魔剣で貫かれたように胸を抑えるアリス。ナタリーの『世界各地』という言葉でどうやら
顔どころか耳まで真っ赤にさせて
ナタリーが商売人の顔で売り上げ表を取り出しペラリとめくる。
「あ、でも、聖騎士団内ではそこまで……かも」
「……へ?」
微かな希望を見るように顔を上げるアリス。
「勇者エメリー人形が在庫の五割を消化。新しく契約した代理副団長クリス人形が三割消化。聖女アリス人形は二割だね。へー、もう既に派閥が出来始めてるんだ。面白ーい」
など、ナタリーがつらつら読み上げるように言うと、アリスはバッと立ち上がって俺を指差した。
「どういう事ですかミケラルドさん!」
「ひとえに……人気じゃないですかね」
「くっ、ど、どういう事ですかエメリーさんっ!」
おぉ、矛先がエメリーに向かうとは珍しい。
まあ人気で決まる売り上げだから、一番人気のエメリーに突っかかりたい気持ちはわかる。
「えーっと……こ、困ったな……」
おかしい。先程と同じ言葉なのにエメリーがあまり困ってなさそうに見える。眉も八の字にしていない。
つまりこれは……!
俺はまたナタリーを見る。するとナタリーはくすりと微笑みながら二人を見ていた。
なるほど、やはりエメリーはこの結果を喜んでいるのだ。年頃の女の子なのだ、人気があるのは素直に嬉しい事なのだろう。
――そして、悔しい事なのだろう。
「くっ!? く、くくっ……! こ、こうなったら売り上げで勝負です、エメリーさんっ!!」
二割の女の……
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