その593 残る問題

「「よしっ!」」


 法王クルスとのハイタッチが決まる。

 その後、俺は法王クルスの部屋で、いつものようにどっとソファに腰を落とした。あまりの疲れに「ふぃ~」と背中で座る、、、、、俺。そんな俺を見た法王クルスもそれを真似る。


「「ふぃ~」」

「コホン」


 だらしなさの極致にいる俺たちに、嫌味の咳払いをしていいのは、このホーリーキャッスルでアイビス皇后だけだろう。


「アイビス、お前の小言を聞いてやるべきかもしれんが、今日だけは許してくれ」

「アイビス殿もご一緒にどうですか?」

「そうだ! それはいい!」

「普通に座るより疲れそうに見えますが?」


 まぁ、首は窮屈だし、足に負荷はかかる。

 確かに長く続ければ疲れるものである。しかし、人は何故この座り方に行き着くのだろうか。これは世界の謎として後世にまで残る事だろう。


わらわは、美味なる酒が呑めると聞いてやって来たのじゃが?」


 アイビス皇后の手にはワイングラス。

 対して俺たちはそれを持ってすらいない。


「乾杯は必要か、アイビス?」


 本来必要だが、法王クルスの元気メーターはほぼぜろだ。今は立ち上がる元気もないだろう。


「待っているように見えませんか、法王陛下?」


 呑みたそうなアイビス皇后。


「先に始めちゃっててもいいんですよ、アイビス殿ぉ」


 ゲストである俺がそう言えば、アイビス皇后の緊張も緩むだろう。

 渋面しぶづらを見せるアイビス皇后は、すんと鼻息を吐いた後、一人でワイングラスに口をつけた。


「……おいし」

「本当に呑んだぞ、ミック」

「いやぁ、アイビス皇后ならあぁ言えば呑むでしょう」


 俺がそう言い、法王クルスがくすりと笑う。


「明日からの課題も山積みじゃな」


 そんな俺たちに鋭い指摘をするのが今日のアイビス皇后の仕事なのだろう。つまり、今日は俺たちのケツ叩き役である。

 それを聞き、ついにソファに突っ伏した法王クルスがソファに向かって何かモゴモゴ言ってる。


「もごぉ! もごもごもごもごもご!」


 目を丸くしたアイビス皇后が俺に聞く。


「何と?」

「『そうだ! 一番の問題はオルグとシギュンなき聖騎士団員たちだ!』と仰ってます」

「確かに、あるじを失った聖騎士団がどんな行動をするかはわからんからのう」

「もごっふ!」

「『その通りだ!』と」


 呆れ眼で法王クルスの後頭部を見るアイビス皇后。

 そしてまた一口とワイングラスに口を付けてから言った。


「ミケラルド殿はどのようにお考えで?」

「ライゼン学校長は元神聖騎士。加齢により衰えたところで問題ありません。団員たちのまとめ役には適任でしょう。クリス王女を代理副団長にしたのはよかったですね。いち早く問題にとりかかろうとしたのは彼女だけでしたし、それを理由にする事も出来た」

「問題はシギュンを失った事に対する団員たちの反意では?」

「重要なのはシギュンのやり方ですよ。あいつは正義の聖騎士団として聖騎士団員を使ってました。それが世界的に大悪人だとバレてしまった。クルス殿を刺す程の、ね」

「なるほどのう、そうじゃったか。じゃからクルスを刺させた、と。聖騎士団員たちの目を覚まさせるために」

「そういう事です。問題なのは彼らの行き場を失った希望や心の拠り所って訳です」

「それを提供出来ると?」


 アイビス皇后の質問は正鵠せいこくを得ていた。

 それが提供出来なければ、聖騎士団を機能させる事は出来ない。


「問題ない」


 顔だけを横に向けた法王クルスが言う。


「と言うと?」


 小首を傾げるアイビス皇后に、法王クルスが続ける。


「聖騎士は本来の役目に戻るだけだ」

「本来の役目……っ! つまり、勇者の盾、か!」


 そう、聖騎士とは本来、法王クルスのためにあるのではない。

 天恵と天啓を受けた勇者のために戦う者たちの総称である。


「エメリー、か」


 アイビス皇后が、グラスの中で踊るワインを眺めながら呟いた。


「出来るかのう、エメリーに」


 アイビス皇后がそう言うと、法王クルスが起き上がり、「心配するな」と言った。


「聖騎士団員は男女比八:二の割合で構成されている」


 法王クルスが起き上がったのであれば、俺が起きないのは失礼だろう。

 まぁ、元々失礼だったけどな。


「じゃから?」


 法王クルスがアイビス皇后を追い越すように一気にワイングラスを空ける。


「ふっ、男ってのは単純なものだ!」


 それに続くかのように俺もワイングラスを空ける。


「そう、男ってのは単純なんです!」


 アイビス皇后が目を丸くする。


「勇者エメリーはシギュンより若い! ぴちぴちだっ!」

「純粋な性格! ドジっ娘要素を備えた将来有望な勇者! 男の勇者なんかより数字は正直になります!」

「本来の役目の対象がうら若き乙女! 半年後にはシギュンなぞ忘れているわ! 更に今なら――」

「――聖女アリスさん!」

「そう! アリスはエメリーが持っていないものを持っている! どうせ勇者の隣には聖女が付くんだ! どちらの前に立とうが、二人の盾になれる聖騎士であればいいのだ! 更にはクリスだ!」

「ドジっ娘エメリー、ツッコミアリスときて、少々勝気なクリス王女が足りない部分を補ってくれます!」

「守ってあげたい!」

「癒されたい!」

「ッシギュンなんて!」

「ックソババアです!」


 途中から呆れ眼を通り越して軽蔑の視線すら送ってきていたアイビス皇后。


「ははは……」


 乾いた笑いもなんのその。俺たちには響かない。

 やれやれと残ったワインを飲み干したアイビス皇后が、空になったワイングラスをタンとテーブルに置く。


「それで、残りの二割はどうするのじゃ?」


 その言葉は、俺たちにとてもよく響いた。

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