◆その592 死苦折衷

「ちなみにそこに【マジックドレイン】のマジックスクロールが付いてるので、慣れるまでは倦怠感けんたいかんがあるかもしれません」


 ミケラルドは天井を指差しながら言った。

 地龍アスランに使用されていた技術を早速流用したミケラルド。

 天井を見ながら目を細めるシギュン。そのオリハルコンの中には、、、、、、、、、、一枚のマジックスクロールが埋まっていた。


(……あんなの、取り除けるはずがない……!)


 オリハルコンの中にあるマジックスクロール。それは、この場で自由の利くオルグでさえもどうしようもないものだった。


「そこで暮らす分には不自由ない魔力は残すような安全回路が働きますので、しばらくしたらその拘束具も外して差し上げます」


 牢の中から出ながら言ったミケラルド。

 そして、先程シギュンの耳元で言った言葉をなぞるかのように、ミケラルドはオルグの肩に手を回した。


「オルグ殿、とても良いお話があるのですが?」

「な、なんでしょう……?」


 震える声でオルグが言う。


「よしなさい! 聞いてはダメッ!」


 既にミケラルドが行動に移っていた。

 そう判断したシギュンが二人の会話を止めようとするも――、


「この牢、とてもよく出来ているでしょう? 中にいる方を際立たせるようにと考案したんです。どうですー? シギュンさんとても綺麗ですよねー?」

「あ……え? いや……た、確かにそうかもしれません?」


 オルグにはシギュンの声など届いていなかった。

 それもそのはずで、既にミケラルドが音声遮断用に魔法を発動していたからだ。

 牢に顔を寄せてシギュンが叫ぶも、それがオルグに届くはずもないのだ。

 しかし、オルグとミケラルドの声は、シギュンやアーダインたちに届いていた。いや、ミケラルドが届けていたと言った方がいいだろう。

 更に、オルグもまたミケラルドの言葉に同意してしまうだけの【魔法】に掛かっていた。

 ボーっとシギュンを捉え、口元がだらしなく緩んでいる。


「どうですー? お人形さんみたいですねー? あぁ、なんて可愛いんでしょう」

「……えぇ……」


 宝石の魔力に囚われたかのような瞳。

 それを見たシギュンが気付く。


(これは……!? まさか【歪曲の変化】っ!?)


 そう、ミケラルドは天井に【マジックドレイン】のマジックスクロール。

 そして檻側には【歪曲の変化】のマジックスクロールを取り付けていたのだ。

 オルグの瞳には、怒鳴ったシギュンではなく、オルグに微笑みかけるシギュンが映っている。

 ミケラルドの飴。そして、ここからが鞭である。


「今回の件、クルス殿は非常に重く受け止められていらっしゃいます」

「っ! そ、それは……!」

「当然、オルグ殿の責任問題も追及される事でしょう。あなたがシギュンさんにどっぷりハマっていた事は既に報告済みですから。何でも? 聖騎士学校の生徒たちの情報を横流ししてたらしいじゃないですか? クルス殿もクルス殿で別の証拠があるとかで? オルグ殿の降格処分はまぬかれないとか?」

「いや……わ、私は……」

「わかりますわかります。そうなってはシギュンさん側に傾いてしまうのも頷けます。ですが貴方は神聖騎士であり、聖騎士団の団長です。クルス殿を裏切れないというのもわかります」

「も、勿論です! わ、私は法王陛下を――」


 オルグがそう言いかけると、ミケラルドが人差し指を立てて割り込むように言った。


「――そこで、ご提案があるのですが?」

「提……案……?」

「シギュンさん綺麗ですねー?」

「え……ぁ……はい」

「クルス殿も裏切れませんよねー?」

「も、勿論です!」

「シギュンさんを守れるのはオルグ殿しかいませんよね?」

「はい」

「クルス殿の信頼を大事にする神聖騎士!」

「はいっ」

「シギュンさん」

「はい!」

「クルス殿」

「勿論ですっ!」


 唾を巻き散らしながら、荒立った息を漏らしながらオルグがミケラルドの言葉に染まっていく。

 シギュンをちらりと見ながら怪しい笑みを浮かべたミケラルドがオルグにぼそっと言う。


「そのどちらも守れるとしたら……最高だと思いませんか?」


 それを見、聞いたシギュンが青ざめる程の衝撃。


(ば、馬鹿な……こんなにも早く……!?)


 それは、シギュンのせいでもあり、ミケラルドの手腕のせいでもあった。

 元々オルグの心の隙間を埋めていたのはシギュン。そして、聖騎士団長の使命の名の下にオルグは辛うじて法王クルスという正義に付いていた。当然、シギュンもそれを利用していた。

 シギュンを逃がすのではなく、「守る」と言い換える事で、ミケラルドはオルグがシギュンの脱走に手を貸す事を阻止した。法王クルスへの忠義さえも利用して。


「おぉ!! そんな事がっ!?」

「勿論ですよ。だってここにいればシギュンさんは守られるじゃないですか?」

「た、確かにっ!」

「オルグ殿がここにいればクルス殿を守れますよね?」

「私の命を懸けてお守りしますっ!」

「シギュンさんを守れるのは?」

「私です!!」

「クルス殿を守れるのは?」

「私です!!」

「素晴らしい!」


 ミケラルドの飴。そして、ここからがまた鞭。


「オルグ殿の責任問題。聖騎士団長の座は明け渡す他ないでしょう」

「それは……!」


 また飴。


「ですがご安心を。私からクルス殿に口添えをして差し上げます」

「おぉ!?」

「オルグ殿の過酷な聖騎士団長生活。身体不調による限界を迎え、後進の育成のため、自分からクルス殿に進言。退任へと至る。表向きにはミケラルド商店が責任を持ってそう広めましょう」

「おぉ!」

「内々に処理され、オルグ殿の行く先は?」

「行く先は……?」


 オルグが首を傾げると、ミケラルドが微笑みながらオルグを肘で小突く。


「んもう、わかってるくせに。ここの【牢番、、】に決まってるじゃないですか!」

「おぉ……!!」

「シギュンさんを守り、クルス殿も裏切らない最良の選択。【死苦シク折衷】案、最高ではありませんか?」

「ま、正に! 正しくっ!!」

「はははは、オルグ殿もお疲れでしょう。今後はシギュンさんだけを見ていればいいんです。そう、牢屋ショーウィンドウの外からお人形を眺めるように」

「す、素晴らしい……!」

「勤務態度に応じてご褒美があります」

「なんとっ?!」


 ミケラルドがふところ出した羊皮紙をペラリとめくる。


「わかりやすくポイント制です。真面目な勤務を一日続ければ、一ポイント。百ポイントで……――」

「――百ポイントで……?」

「なんとシギュンさんのお着換え券プレゼントです!」

「うぉおっ!?」


 指先をずらし、羊皮紙下部には可愛いシギュンイラスト付き。

 オルグが食い入るように覗き込む。


「絶対領域【メイド服】、スリットから覗く最強の太腿【チャイナ服】、まるでお部屋デート【ラフな部屋着】、そして満一年ポイントを溜めたご褒美として――」

「――ご褒美として!?」

「【童貞を殺す服】を選ぶ権利があなたのモノに!!」

「うぉおおおおおおおおっっ!!」


 血走った目で羊皮紙を覗き込む聖騎士団長オルグ。

 羊皮紙と目の間――約二センチメートル。

 たかが文字。されど文字。

 オルグの瞳は、シギュンではなくその文字に向かっていた。


「読みながらで結構です。詳しいお話もあるので、まずは一旦戻りましょう」

「はい! はいっ! はいっ!!」


 シギュンを横目で見ながら、ほくそ笑むミケラルド。

 絶句して見ていたアーダイン、ライゼン学校長、アルゴス騎士団長。

 オルグ、ミケラルドと通り過ぎ、アーダインがミケラルドの背に言う。


「……悪魔かよ……」


 ドン引きしながら言ったアーダインに、ミケラルドが手をヒラヒラさせながら言い返す。


「悪魔ってのは人間の心が生み出すんですよ」


 そう言われ、やれやれと肩をすくめるアーダインたち。その三人の隙間から、シギュンの青ざめた顔を覗き見るミケラルド。


「【ご褒美、、、】は与えてこそ意味があるんですよ、シギュンさん♪」


 その言葉には色んな意味が込められていた。

 だが、その最大を占めていたのはルーク・ダルマ・ランナーの私怨だったのかもしれない。

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