◆その589 必要悪
広報記者会見が始まる直前、ミケラルドと法王クルスは最後の調整に入っていた。そこには皇后アイビスも同席し、談合のような打ち合わせに呆れた様子だ。
「むぅ……本当に大丈夫だろうか?」
「大丈夫ですよクルス殿。シギュンが怒りに染まればこっちのものです」
「しかし、私が
「フリですよフリ。あ、この
「何だこれは?」
「偽物の血ですよ。割れやすいように極薄の皮を使ってます。あー安心してください、食用なのでスープの隠し味にも使えますよ」
「……ふむ」
自身の
それを見ていたアイビス皇后が言う。
「一世一代の大芝居、とくと見物させて頂きます」
「少しくらい心配して欲しいものなのだが?」
「なんと、まさか怖いので?」
アイビス皇后はわざとらしく法王クルスを煽る。
「そうだよな、お前はこういう時そういう感じだもんな」
「法王陛下とは長い付き合いですから」
微笑みながらアイビス皇后が言うと、法王クルスは深い溜め息を吐いて肩を
そんな中、アイビス皇后はミケラルドにチラリと視線をやった。その目に込められた意味をミケラルドがわからないはずがなかった。
(クルスを頼みます)
(お任せを)
目を伏せてアイコンタクトを送ったミケラルド。
自身の頬に喝を入れるように意気込んだ法王クルスが言う。
「よし、行くぞミック」
「行ってらっしゃい」
「…………そうだった、最初は私だけか」
◇◆◇ ◆◇◆
やがて時は進む。
法王クルスの芝居、クインの反逆、ミケラルドの乱入、そして……シギュンの憤怒。
怒りに任せ、剣に手を掛けるシギュン。クインもそれに合わせてミケラルドに向かって大剣を振るう。
クインの剣を手で簡単に払いのけ、その身体ごと壁に叩きつける。続くシギュンの攻撃は、この狭い状況下で最速で放てる刺突攻撃。
ミケラルドはこれを素手で掴み、受け切った。
「くっ! ――なっ!?」
だが、剣神イヅナの特殊能力【剣神化】を昇華させた神聖騎士のみが使える【光の羽衣】。これを発動したシギュンの全力を受け切ったミケラルドは、その威を殺した後、更に手前に引っ張ったのだ。
「……ぇ?」
「ウワー」
客観的に見れば、シギュンの一撃をミケラルドが受けたものの、衝撃の余り後方に押し出されたように見えただろう。
しかし、ミケラルドはシギュンの剣を……威力を調節しながら真後ろにいる法王クルスの懐へと
「グオ!?」
法王クルスの懐から漏れる赤い液体。それは先に仕込んだ血糊。
膝を突く法王クルス。それを気遣うジャーナリストたち。呆気にとられたシギュンの隙を
ミケラルドは、そのまま身体を捻るように回転させ、シギュンの腕を絡め取り、関節を
「くっ、は、放しなさい! 放せっ!」
「やだなー、法王クルス殿を襲った悪漢を放す訳ないじゃないですかー。あ、ここで
「ミケラルド! ミケラルドォ! ミケラルドォオオ!!」
シギュンの荒い怒号が広報会見室に響き渡る。
「シギュン様を……放せぇえええ!!」
戦線に復帰したクインが叫ぶも――、
「ふん」
天井裏から現れたリィたんにより、
「っっっ!?」
頭部を殴打され意識を刈り取られてしまったのだった。
「やるー、さっすがリィたん」
「まったく。どっちが悪人か見分けがつかなかったぞ、ミック?」
「ははは、悪人がどっちかはわからないけど、暗躍してた自覚はあるよ。ま、必要悪って事で」
そんな雑談をしながらも、ミケラルドの身体の下ではシギュンが暴れている。
「この、フゥーッ! くっ! 放せ! 放しなさいっ!」
「あ、リィたん。アレ出してもらえる?」
「ふむ、これだな?」
闇魔法【闇空間】からリィたんが取り出したのは、二つの連なった筒状の物体だった。
それをギロリと見るなりシギュンが気付く。
「それは、オリハルコン……っ!?」
その象徴とも呼べる青白い発光。
それを片手に持ちながらリィたんがシギュンに言う。
「ミック特注の拘束具だ」
上部と下部にガチャンと外れたソレは、シギュンの両前腕にピッタリとおさまる。オリハルコンの拘束具から逃れようとするも、ミケラルドの万力を跳ね返せる程の力はシギュンにはなかった。
再びガチャンとはめられた拘束具は、後ろ手になったシギュンの前腕全てを覆った。
血走った目をシギュンが向ける中、演技を終えた法王クルスが静かに言った。
「シギュン……『何故?』とは聞かぬ。どのような理由もお前の身を正当化する事など出来ぬからな」
その言葉が虚空に響いたかのように、シギュンからは何の返答もなかった。
憤りがにじみ出るかのようなシギュンの表情は、ジャーナリストたちの安堵を生んだ。
満足より安堵。彼らの戦いが終わった瞬間だった。
しかし、そんな束の間の安堵も、大きな足音によってかき乱される。
ドタンと開いた広報会見場。顔を覗かせるはもう一人の神聖騎士。
脂汗を滲ませたオルグは、息を切らせながら広報会見場の中で拘束されたシギュンを見つけるのだった。
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