◆その588 第一回定例広報会見4

 ミケラルド・オード・ミナジリ。

 彼の登場と共に、法王クルス及びジャーナリストたちに安堵の色が見えた。

 ホッと一息吐く法王クルスが、ミケラルドに言う。


「これはミケラルド殿、よいところへいらっしゃった」


 一瞬だけ。ほんの一瞬だけニヤリと視線を交わすミケラルドと法王クルス。

 聖騎士クインは機転を利かせ、シギュンの逃げ道を作ろうとした。

 しかし、ミケラルドが現れた事でその望みが消え去った。

 何故なら――――、


(な、何だこの魔力は……!?)


 クインの膂力、魔力は剣鬼オベイルに引けをとらない。

 たとえリィたんを前にしたとしても、呑まれる事はない。

 だが、眼前でニヤニヤと笑う胡散臭いジャーナリストは違った。

 クインの放出する魔力を優しく包み込み、それを決して離さずのががさず、一切漏らさず。行き場を失ったクインの魔力は自身に返り、周囲の強固な魔力のせいもあり息苦しさを覚えた。

 身動きすらとれず、呼吸すらままならぬ異常な空間。自分より強者であるシギュンが背後にいるのにも拘わらず、クインは自分の勝機を見失った。

 クインの眼前に立つ吸血鬼は、ただそこにいるだけでその動きを封じた。


「ミケラルド殿。して、新たな証拠とは?」

「あ、そうでしたそうでした。現場から二つの足跡が発見されたんですよ」

「ほぉ、それは素晴らしい」

「それもこれもアルゴス騎士団長がしっかり警備してくれたおかげですよ。それで、この足跡なんですけどどうやら聖騎士団用に支給されているブーツが使用されているんですね」


 すると、法王クルスがわざとらしく額を抱える。


「何という事だ。まさか我が聖騎士団に闇人やみうどが?」


 まるで先程のクインの自白などなかったかのように、法王クルスは台本をなぞるように言った。

 だが、シギュンやクインから反論はない。出来るはずもないのだ。


「ミケラルド商店にも悪い事をしてしまった……」


 次の法王クルスの言葉は、二人にとって、この場にそぐわないように聞こえた。クインはその言葉に思考が止まるも、シギュンはその意味にすぐ気付いた。

 それは、その身にまとう着心地の良い鎧にあった。

 本年から採用されたボディーアーマー、、、、、、、、。現代の技術を遥かに超える未知の鎧はミケラルド商店が聖騎士団に卸したものである。部下からの反応も良く、来年には騎士団にもと考えられていた良品。

 当然、それは鎧だけではなく、全身を覆うため、ブーツでさえも特注である必要があった。セット販売されたそれは、各聖騎士団員に支給された。

 その中には神聖騎士オルグ、同シギュン、クインも入っているのだ。


「靴跡に残る魔力を立体化させるのは苦労しましたが、靴の裏にあったシリアルナンバーが残っててくれて助かりました」


 この世界で生まれ育った者が、その言葉の意味を知る事はない。

 何故なら、そういった文化が存在しないからだ。

 シリアルナンバーとは、商品毎にある固有の識別番号の事である。


「えぇーっと、闇のアジトに残ってた足跡に記されたシリアルナンバーは……っ! これは驚きました……!」


 わざとらしく口を覆い、ミケラルドは言葉を失ったかのように振舞った。


「いや、まさか……いやでも……」

「ミケラルド殿、是非教えてくれたまえ」


 ミケラルドと法王クルスはクイン、その奥で怒りに震えるシギュンを見据え、その茶番を続けた。

 そしてミケラルドがニタリと口を開く。


「シギュン殿とクイン殿ですね」

「「おぉ!!」」


 驚く法王クルス、ジャーナリストたちが無数にたく【フラッシュ】、ミケラルドが向ける【テレフォン】用マイク。

 直後……――、


「一体どういう事ですか!」

「何故神聖騎士シギュン殿とクイン殿が現場にいらっしゃったのですか!」

「先程の【マジックストーカー】は、まるでお二人を示していたかのようでしたが!?」

「噂によれば闇から脱退した破壊魔はかいまパーシバル殿が『シギュンとクインは仲間だった』と明言しているそうですが、何かコメントを!!」


 それは、嵐のように。

 それは、大波のように。

 それは、天から降りつける雹のように。

 怒号となって二人に向けられた。

 絶対なる存在、ミケラルドがいる事によって……その場での武力は何の意味もなさなかった。底が見えないと思われていたシギュンの実力も、SSダブルダンジョンを経たミケラルドの魔力を前にしては前にいるクインと大差ないのだ。

 この広報会見場において武力は意味を成さなかった。

 真横に振りつける大雨が如く、言葉の矢玉打ち付けられ、クインは顔を引き攣らせる。ちらりと振り返るも、あるじであるシギュンの顔は、どうしようもない程に……怒りに染まっていた。

 震える唇、ヒクつく頬、脈打つ青筋、崩壊する……美しき顔。

 悪意、敵意、殺意、そんな言葉では片が付かないような憤怒の表情。

 言葉の矢玉を浴びせていた、シギュンに恨みを持つジャーナリストたちでさえもその顔に息を呑んだ。

 だが、彼だけは。

 ミケラルド・オード・ミナジリだけは違った。


「いやだな~、シギュンさん。笑って笑って~」


 最後まで一貫してシギュンを煽ったのだ。

 瞬間、シギュンの血走った目が更に大きく見開かれた。


「ミケラルドォオオオオオッッ!!!!!!!!」


 ソレは、女の声ではなく、悪魔の声とも違った。

 意図せず出した無意識の絶叫。慟哭のようで、雷のような。

 曇りなき一点の殺意のみが込められたシギュンの叫び。

 地獄に響く業火の如き言葉が広報会見場に響くも、返ってくるのは清涼感溢れる爽やかで軽やかな言葉。


「はーい」

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