◆その587 第一回定例広報会見3

「法王陛下、何もないでは……ありませんか……?」


 クインはそう言うも、法王クルスが一歩前に出る事でそれが何なのか理解した。


「髪の……毛?」


 シギュンが硬直した理由、ようやくその意味に気付いたクイン。

 クインがバッとシギュンを見るも、その動きに変化はなかった。

 すると、法王クルスが思い出したように言う。


「おっとそうだった。二人には新魔法を魔導書グリモワールで渡していなかったな」


 そう、対策を打てるような愚行を犯す程、法王クルスとミケラルドは甘くない。


「だが安心しろ、私自らが実演してみせよう。面白い魔法だった故、手に入れておいたのだ。おっと、ちゃんとお金は払ったぞ?」

「「はははは」」


 ジャーナリストたちは法王クルスの冗談めいた言葉に笑ったのではない。見事術中にハマってくれたシギュンに対し、心の底から笑ったのだ。

 だが、その瞳の色が変わる事はない。これまでの苦悩を共に歩んだ仲間たちへ、シギュンの一部始終を、今日この場の最後の時まで記憶し、皆に話してやろうという確固たる意志が込められているのだ。変わる訳がない。


 これまでの問答、新魔法、そして――美しき紫の髪の毛。

 これが揃えばシギュンを追い詰める事が可能。法王クルスもミケラルドもそれを理解していた。

 シギュンも馬鹿ではない。ついさっきという過去を振り返りながら、手に持つ資料とクシャっと握り潰したのだ。


(だからあの時……!)


 ――――現在は法王国が誇る騎士団とその団長であるアルゴス殿が蟻の子一匹通さない厳重な体制で調査を続けています。


 資料の通り、それを読んだシギュン。

 彼女はこれを否定する事がなかった。事実だから。

 しかし、彼女がこの時ミケラルドの作戦に気付いていれば、否定する事も出来たはずだ。「騎士団より早く私が独断で調査致しました」とでも言えば、髪の毛という証拠が現場に残ったとしてもおかしくはなかった。


 ――――アジトの調査を騎士団が担っているとの事ですが、聖騎士団はこれに?

 ――――いえ、騎士団主導で行っている任務です。我々は関与しておりません……。


 ジャーナリストの質問に対し、自らが語ってしまった証言。

 あの言質げんちをとられてしまった段階で、シギュンの言い訳が出来なくなったのだ。

 これが、ミケラルドがジャーナリストたちに与えた第一ミッションである。

 そして第二ミッションとは――、


「【マジックストーカー】……」


 法王クルスが魔法を発動すると共に掛かる、虹のアーチ。

 小さく弧を描き、シギュンへと伸びていくソレを見た時、彼女は動かざるを得なかった。


「ふっっはぁあああああああ!!」


 動いたのはシギュンではなく、その隣にいた女。身の丈以上の大剣を振り回し、ジャーナリストたちの前に躍り出たのだ。

 血走った目、隆起する筋肉、放出する魔力……彼女は、クインは、ここで行動する他なかったのだ。


「ははははっ! 見事だ法王陛下! いや、法王!」

「……どういう事だ、クイン?」


 ジャーナリストたちは、既に法王の隣まで退避し、臨戦態勢となっている。

 そう、第二ミッションとは死を覚悟したクインからのがれる事。

 ミケラルドの事前の忠告がなければ、この第二ミッションをクリアする事は出来なかっただろう。


「我が名はクイン! 闇ギルドが中枢【ときの番人】の闇人やみうどである!」


 シギュンを崇拝し、常に隣に控える聖騎士クイン。

 シギュンの窮地に彼女が動かないはずがなかった。その行動が、シギュンを救うためなのだから。

 ミケラルドは知っていた。シギュンが追い詰められればクインが動くと。だからこそ、クインだけは確実に潰せると踏んでいたのだ。


「ふふふ、事前にその魔法の情報を仕入れた私は、シギュンに罪を擦り付けられると踏んでその髪の毛を現場に残したのさ!」


 偽りの証言をここで吐く事により、シギュンを罪から遠ざける。


「しかし、この魔法の恐ろしいところは別にあった! 気付くべきだった! まさか前回の保有者の魔力を追ってくるとはな!」


 クインはシギュンの正面に立ち、虹のアーチを、その身に宿る魔力でせき止めていた。当然、それはシギュンに向かっている。だがクインはそれで時間を稼げればそれでよかった。


「シギュンに取って代わって副団長になるつもりだったが、どうやらそれもご破算のようだね! シギュンもそうだが、その者たちは闇にとって非常に厄介だ、法王もろとも吹き飛ばしてくれる!」


 クインは焦りながらも、この場でシギュンを救うプランを全て吐いた。

 それを法王クルスやジャーナリストたちに伝え、シギュンにその罪を全て被り、ここで死別する事を宣言するために。

 クインが全力を出せば、法王クルスを殺せないまでも、この広報会見場を吹き飛ばす事くらいは出来る。その結果によって、シギュンは物理的な逃げ道を得る事が出来るのだ。

 たとえ聖騎士団を離れる事になったとしてもシギュンを生還させる事が出来る。クインはそう判断し、行動を起こした。

 だが――、


「失礼しまーっす!」


 快活な声と共に現れる剽軽な男。

 手にはテレフォン用のマイクを持ち、ハンチング帽子と眼鏡。そして、耳に筆を挟んだ――いかにも、、、、な記者風貌。


「遅れて申し訳ありません! ミケラルド探偵事務所から参りました! 新たな証拠が出ましたので緊急時につき入室させて頂きました!!」


 沈黙の広報会見場。

 しかし、この男が黙っていない。黙る事を知らない。


「おやおや~? これは一体どういう状況でしょうか?」


 クインは震える目で、向けられたマイクに零した。


「ミ、ミケラルド・オード・ミナジリ……!」


 闇ギルドよりも真っ黒な、漆黒の黒幕の登場だった。

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