その590 立場
シギュンの攻撃を引っ張り、法王クルスに偽の傷を負わせたのには二つの理由がある。
一つはシギュンの反逆を世論的、聖騎士団的にもハッキリさせる事。
もう一つは、聖騎士団副団長であるシギュンが【
二つ目に関しては当然、法王クルスにも糾弾の声があがるだろう。しかし、法王クルス自身が率先して解決に踏み切ったという事実は否定出来ない。更には傷を負う事で世論を味方にする事が出来る。
と、ここまではいい。
問題はこの後だ。
広報会見場に入って来たオルグは、傷を負った法王クルスより先にシギュンを見た。心配そうな目で。
リィたんから聞いてはいたが、なるほど、確かに異常な
己の行為にハッとしたオルグは法王クルスを見て跪いた。
「法王陛下! ご無事ですか!」
一瞬、コメディ映画でも観ている気分になったが、オルグは真面目に壊れているので
「私は大丈夫だ、それよりシギュンとクインだ」
法王クルスは自分で回復魔法を使っているが、実際には無傷である。
現状、オルグに芝居だったとバレるのは得策ではない。
シギュンの名にピクリと反応したオルグが言う。
「……シギュン、これは……一体どういう事だ」
確かに、オルグの立場ならばそう聞くのが正解だが、別の意味に聞こえてくるから不思議だ。まぁ、後者だと思う理由は当のシギュンさんに理由がある。
シギュンの奴、凄い流し目である。自身の危機に、すぐさまオルグに助けを求めているのだ。正直、俺が
私を助けてオーラがビンビンのアイコンタクト。
しかし、何も言葉を発さずともシギュンならそれをオルグに伝えられる。
何とも上手く仕込んだものだ。オルグの目の奥に見える心。
早速、法王クルスとシギュンを天秤にかけている。
万一の際はシギュンの血を得る許可を法王クルスから貰っているが、とりあえず正攻法でいこう。
「オルグ殿、救援ありがとうございます。逆賊シギュンの護送をお願いします」
「逆ぞ……く?」
オルグのやつ、ダメかもしれない。
「
「あ、あぁ……た、確かにそう……かもしれません……?」
そうなんだってば。
そう見えないのはきっと、オルグの思考回路がショート寸前だからだろう。
シギュン仕込みの愛の
「私はクインを運びますので」
「は、はい」
オルグがちらりと法王クルスを見る。
頷いてその許可を出すものの、法王クルスはその後、俺に目をやった。
「いいのか?」と言いたげな目だが、全く問題ない。と思う。
俺はクインにシギュンと同じ拘束具を付け、担ぎあげた。
広報会見室から出て聖騎士団長オルグ。そこでシギュンを待ってたのは新たなる――
「あ、只今出て来ました! 皆さんおわかりになるでしょうか!? 聖騎士団長オルグ殿に捕えられ、副団長のシギュンが今、広報会見室から出てまいりました!」
現れたのは……ミケラルド探偵事務所に雇われたライゼンチルドレン。
再びたかれる【フラッシュ】。先陣を切るのは俺の分裂体。
「「なっ!?」」
オルグもシギュンもこれに驚き、目を見開く。
「シギュンさん! 何故このような事を!? 法王陛下に何か恨みがあったのですか!? 今まで起こした罪について是非一言コメントを! シギュンさん! 是非コメントを!」
どどどと押し寄せる
それに続き、ライゼンチルドレンたちも過去の事件について触れていく。
「法王陛下は無事なのですか!?」
「シギュンさん、一言お願いします!」
「取り調べはどなたが!?」
「シギュンさん、世間では顔だけの女と言われてるようですが!?」
「神聖騎士を閉じ込められる牢の強度は!?」
「シギュンさん、顔だけじゃないという事を証明してください! 誠実さを!」
など、合間にシギュンを煽る俺は、本当に性格が悪いと思う。
余程悔しいのか、口の中を切り、血が出ている。まぁ、これはせめてもの情けでもある。きっとシギュンにとってはここからが――本当の地獄だから。
記者陣を無視し、オルグが先導してシギュンを廊下へ。
俺はクインを担ぎ、その後ろに法王クルスに肩を貸すリィたん。
「「おぉ! 法王陛下! ご無事ですか! 怪我の容体は!?」」
「案ずるな、多少刺されただけだ。既に回復は済んでいる」
法王クルスはリィたんと残り、記者陣の応対。
まぁ、壮大にコメントをするんだろうけど、その内アイビスが「休ませろ」と止めに入る予定だ。
つまり、牢に向かうのは俺、シギュン、オルグ、気を失ったクインだけという事だ。法王クルスがそれだけ俺を信用してくれているのは嬉しい事だしありがたい事だと思う。
まぁ、二人が逃げようと今の俺ならば捕え、制圧する事も出来る。
当然、二人にもそれがわかっているし、シギュンの案はそうではなかった。
とはいっても、シギュンがオルグにそれを伝える方法は一つしかなかった。
俺の【超聴覚】が発動し、その小さき声を拾い上げる。
「いい事? ここで逃げる事は不可能だから夜遅く、出来るだけ早く牢の鍵を開けに来なさい」
緊張走るオルグの背中。
俺はそんな二人の背を見ながら、ニコリと微笑むのだった。
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