その518 前線基地

 フレッゾに話した依頼内容。

 それは、大まかに分けて二つである。

 一つ、下位の冒険者に対して、避難誘導と哨戒任務。これは主に首都リプトゥア内の対応が主である。

 そしてもう一つは、上位冒険者に対して、特別遊撃部隊として戦争への参加。リーガル国内にいる冒険者たちはそれだけで強い。平均ランクBなんて言われる事もあるくらいだ。是非ともその戦力を当てにしたい。

 これは、リーガル国のブライアン王、法王国の法王クルス、シェルフのローディ、ガンドフのウェイドからの依頼でもある。

 世界規模の緊急クエストという事で、SSダブルに近い実力者――リプトゥア国の首都リプトゥアでギルドマスターを務めるフレッゾでさえも緊張を露わにしていた。

 この依頼者に勇者エメリー、聖女アリスの名が載る。俺は末席にちょこんと載っているだけだが、この異常性を皆はすぐに理解するだろう。

 話をまとめたラスターが小走りに受付に戻って行った後、フレッゾに俺直通の【テレフォン】を渡してその場を去ろうとした。

 しかし、冒険者ギルド内は既にラスターが告知した依頼で大変な騒ぎとなっていたのだ。


「不死王リッチって冗談だろっ!?」

SSSトリプル相当の化け物じゃねぇか!」

「それが軍となってリプトゥアに向かってる!? アホか! 俺はここを出る!」

「何言ってんだよ! Z区分ゼットくぶん相当って噂のあのミケラルド・オード・ミナジリが指揮するんだぞっ? 負ける訳ないだろ! 俺は参加だ!」

「そんな信憑性のない噂信じてるのかよ!」

「あるに決まってるだろ! 法王国の聖騎士団長オルグの名がこんな端にあるんだぞ!」

「哨戒任務ならアリかもな」

「避難誘導ってどこに誰を誘導するんだ?」

「エメリーのヤツ、大丈夫なのかよ!?」

「それを言うならこっちの聖女アリスだろ!」

「ばっか、だからミケラルドはアリスをここへ連れて来たんだろ? あんな細腕で聖女が戦争に行くなんて目の当たりにしたら放っておける訳ないじゃん」

「流石、噂に名高き咬王ミケラルド、か」

「ずる賢い野郎だぜ」


 受付員ラスターへの質問、怒号、ところどころで始まる作戦会議、パーティ会議などなど。別の依頼を受けたばかりのパーティがそれを取り消しに来たりして、しばらくここも戦争だろう。

 奥から出て来た俺を見つけた冒険者が絶句し、隣で声を荒げている冒険者の注意を俺に向ける。やがてそれは伝染のように広がり、静寂が五月蠅うるさいとさえ思えるような沈黙が走った。

 俺は、一歩前に出て皆の前で本当の姿を見せた。

 吸血鬼となった俺に警戒を見せたのは、面白い事にそう多くはなかった。

 俺はすんと息を吸ってから皆に言った。


「皆さんの疑問、不満、理解しているつもりです。がしかし、既に我が陣営の斥候が不死王リッチ率いる軍勢を確認しています。後程、奴らの情報をまとめ、冒険者ギルドを通じて公開致します。依頼を受ける方も受けない方も、是非それに目を通して頂きたい。それは必ずあなた方の生存確率を上げます。私たちはこれから北東の前線基地へと向かいます。ミナジリ共和国からは魔族も参加します。ですがどうか怖がらないで頂きたい。戦いの場に立てば、それはもう戦争終結へと共に向かう仲間です。……とは言ってもそうも出来ないのが実情です。なのでしかとその目で見極めて頂きたい。温かい食事を求め、温かい家庭を求め、幸せな暮らしを求める人間と魔族の心に、どんな違いがあるのかを」


 不安を顔に募らせる冒険者たちからは、何も返ってこなかった。

 俺の言葉がどう届いたのかはわからない。

 だが、言いたい事は言えたはずだ。

 そんな無言が広がる冒険者ギルドに長居する事は出来ない。俺はエメリーとアリスの肩を抱え、前線基地へと転移したのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 転移した直後、アリスが俺からバッと離れて自身の肩を抱いた。


「て、転移するならするって言ってくださいっ!」


 ミックン怒られちった。

 そうだよな、このご時世、十五才の美少女の肩を勝手に抱えたら通報案件だ。

 新聞の見出しは「吸血鬼元首四才児! 十一も離れた美少女の肩を抱くっ!!」あたりだろうか。是非とも目線は黒く塗りつぶして頂きたい案件である。


「転移しました」

「事後報告です!」


 なるほど、聖女と事後か。

 ……裁判じゃ済まないかもしれないな?


「エメリーさんからも何か言ってやってください!」


 言いながらアリスがエメリーの背を見る。

 しかし、エメリーは前線基地の外壁を見上げながら、【勇者の剣(仮)】を強く握るばかりだった。


「エメリー……さん?」

「へ? あ、いえ、だ、大丈夫――ぐぇ!?」


 振り向くエメリーは、持っていた【勇者の剣(仮)】を脚に引っかけずてんと転んだ。

 なるほど、ドジッ子エメリーにはシリアスシーンの長持ちはしないな。消費期限の記載が欲しいところだ。


「だ、大丈夫ですかっ?」


 駆け寄るアリスが、エメリーを起こす。

 するとアリスが俺を見る。そう、刺すような視線で。


「何で助けてあげないんですかっ」


 ミックン怒られちった。


「今しがた女の子に触れて怒られたもので」

「時と場合があります」

「それは盲点でした」

「私は目が点でした」

「じゃ、触りますね」

「へ? あ、ちょっ、へっ!?」

「わわっわっ!?」


 俺はアリスとエメリーを【サイコキネシス】使って持ち上げると共に、外壁の上まで飛んで行く。

 外壁上に下ろしたアリスからジト目を向けられるも、それは長続きしなかった。

 何故ならそこには――――、


「指揮官にぃいいい、敬礼っ!!」


 ラジーンの指示により、ミナジリ共和国の全軍が外壁上に向かって敬礼する。

 眼下に広がる一万以上の軍勢。ミナジリ共和国の次はリーガル国軍だった。


「敬礼っ!!」


 一糸乱れぬ完璧な統率。

 更にはガンドフ軍が、


「敬礼っ!!」


 冗談ではなく、明らかに目を点にした聖女アリスと、口を固く結ぶ勇者エメリー。

 ここは前線基地。

 不死王リッチの軍勢を迎え撃ち、撃退せねばならない人類の最終防衛ラインである。

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