その437 ライゼン学校長の狙い

 どうしよう。

 椅子と同化させる、なんて言ったはいいが、「やってみろ」とか言われたら出来る自信がない。

 まぁ、相手は聖騎士学校の校長ライゼンである。

 そんな挑発に乗る程――、


「やってみろ……!」


 言われちゃったよ。

 どうしよう。適当に木材を刺して作るか? いやいや趣味が悪すぎる。

 とかふざけた事を考えていたら、ライゼン学校長は鋭い目つきのまま言った。


「……何故殺さぬ?」

「そんな事、する気はないですよ。私としては私をどう使おうとしていたのか気になるところです」

「それが……知りたいと?」


 俺は【サイコキネシス】による拘束を解き、ライゼン学校長の正面の簡素な椅子に腰を下ろした。


「是非♪」

「……聖騎士学校の校長を前にしては拷問が生ぬるいのではないか?」

「貴方を拷問にかけたりなんてしませんよ。私は貴方から真実を吐かせる手段がある。ですが、出来れば貴方の口から直接お聞きしたいところです」

「手段? っ! まさか【血の呪縛】か!」

「その言い方する人は珍しいですね」

「吸血鬼が人間を意のままに操れる能力。【血の解放】、【血の超能力】こそ有名だが、【血の呪縛】を使える吸血鬼が存在したとは……!」

「その情報はご自身の墓まで持って行ってくださいね。他に漏れるとことですから」

「ふっ、やはり殺すか……」

「どうしてそうなっちゃうんですかね? 少なくとも私の武力をもって貴方を殺すような真似はしませんよ。是非私の本願と同様、ベッドの上で美女に囲まれながらお亡くなりになってください」

「英雄色を好む……か」

「おや? てっきり私の事を悪の親玉かのように思っているのかと」

「悪は別にいる」


 ライゼン学校長は、遠回しに俺を認めるかのような発言をしながら目を反らした。そして、それきり口をつぐんでしまった。

 なら、相手の感情を揺さぶってみるとするか。


「んー、中々難しい」

「……何をしている?」

「こうか? こう? んー、こんな感じかな?」


 言いながら俺は【チェンジ】を使い姿を変えていく。骨格が変わり、太い腕は華奢に。荒れた肌はトゥルトゥルに。瞳は大きくなり、髪の色さえも変わる。

 ライゼン学校長の瞳が大きく見開かれた時、俺の【チェンジ】は完成していた。


「っ!? そ、その姿は……っ!」

「先程、資料室にお邪魔致しました。この地下組織はどうやらこの方に思い入れがあるようで」

「くっ!」


 そう、俺の姿はシギュンになっていた。

 ……なるほど、やはりそうなのか。

 ライゼン学校長は、俺がミケラルドだと知っている。だが、それでも彼の目に一瞬なりとも込められたモノは、隠せるものではなかった。

 憧憬? 敬愛? そんなものは一切見えない果てしなく大きな負の感情、、、、


「失礼を……」


 言いながら俺はミケラルドの姿になる。


「……ふん、バレてしまったか」

「なるほど、目的はシギュンの抹殺ですか」

「その様子では、尋問ではなく答え合わせ、、、、、か」

「よほどここのセキュリティに自信があるようですね。まさか【校長室】とは」

「ここが潰れれば、私も皆も生きてはおらぬよ」

「それは、死ぬまで戦い続けるという意味でしょうか?」

「ふん、否定はしないな」

「ではやはりここは……?」

「そう、シギュンに潰された者、殺された者の友や恋人が集う――聖騎士学校退学者の集まりだ」


 なるほどな、道理で練達した者が多い訳だ。


「今はまだいい。だが、間もなくしてシギュンはアレコレ理由を付けて生徒を退学へ追い込む」


 正当な理由なく退学した者ではなく、退学理由が不可解な者に、ライゼン学校長が近づいたという訳か。


「傀儡の選抜……といったところでしょうか」

「やはり、そこまで気付いていたのか」

「授業においてその前段階に入っているようでしたので」

「……例年より早いな。ならばその理由は――」

「――冒険者招致でしょうね」


 冒険者は正規組より基礎能力も魔力も高い。シギュンの力に抗えこそしないが、その力が対象に浸透するまでに時間がかかるのだろう。


「ご安心を。今年はシギュンに操られる者は出ませんよ」

「見事だ、と言いたいところだが、それはシギュンを甘く見ていると言わざるを得ないな。奴の術の解呪かいじゅは幾度となく試した。しかし、それでも奴の信者は完成に至る。この理由がわかるか?」

「わからないから今そこでそんなに怖い顔をしてらっしゃるのでは?」


 俺がそう言うと、ライゼン学校長はハッとした様子で我に返り、自分の顔を揉んだ。そして、椅子に身を預けてから天井を見つめた。


「……奴の術は正に深淵の闇。一度ひとたびかかれば最早もはや解呪は叶わぬ。これ以上犠牲者を出してはいかん。解呪が出来ぬならば……!」


 殺す他ない。


「……そんな時現れたのが――」

「――この私、という事ですね」


 俺は自分を指差し笑って言った。

 ライゼン学校長は無言でこれを受け、否定も肯定もしなかった。


「あの木簡もっかんは?」

「っ! あれを見たのか……」

「少しだけ。まぁ、聞かなくてもわかりそうですけど」

「ならば聞くな。アレは私のくさび。これまで何も出来ずにいた私のな……」


 やはり、シギュンによる犠牲者を記したものか。

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