その436 成績表

「これもシギュン……これも。ライゼン校長は一体……?」


 シギュンの基本的情報から似顔絵、趣味嗜好等々。かくシギュンに関する情報ならば何でもあった。

 だが――、


「……なるほど」


 資料に目を通し、ライゼン学校長の目的を理解した俺は、資料室を出た足で、そのままライゼン学校長がいる場所まで向かった。

 そこにも扉があり、木材に書かれていたのは――【校長室】だった。


「――やっぱり」


 俺はそこをノックし、中にいるライゼン学校長から入室の許可をもらった。


『入りたまえ』


 名前を求めず入室を許可をするって事は、ここの警備にそれだけの自信があるという事。ウチのシュバイツが聞いたら絶対にありえないだろうがな。


「失礼します」


 入室すると、そこにはライゼン学校長の背中が見えた。

 彼は立ちながらいそいそと何かを書き、目の端で俺を捉える。


「君か。何か問題でもあったのかね?」

「いえ、少々お伺いしたい事がありまして」

「私に? 私の貴重な時間を割いてでも聞きたい事とは何だね?」


 鋭い目つきによる威嚇とも形容できる言い方。

 だが、俺にそんなものは通じない。

 すると、じっと俺を見ていたライゼン学校長がゆっくり俺に近付いてきた。

 そして――っ!


「少々私を過小評価し過ぎではなかろうか?」


 言いながらライゼン学校長は、ふところに忍ばせていたナイフを俺の首元に当てた。


「つめたっ」


 喉に当たる冷たい感触に声を出してしまった時、ライゼン学校長は呆れた目を俺に向けた。


「……本当に暗殺者か、お主?」

「参考までに、どこでバレちゃったんですかね?」

「ハリスはな、優秀だが臆病な嫌いがある」


 ハリス――俺が化けている男の名前か。


「私の視線を受け流せる程、胆力がない。だから見張りをしているのだ」

「まさか見張りの性格を熟知しているとは思いませんでした」

「私の教え子を私が間違える訳がない」


 やはりそうなのか。

 首に食い込むナイフ。ライゼン学校長は警戒緩めぬまま俺に聞いた。


「何者だ。ハリスに化け、ここまでやって来られるなんぞ一介の暗殺者には出来ん芸当だ。冒険者……いや、ついに闇ギルドが動いたという事か」

「ところで、今何を書いてらっしゃったんですか?」

「動くな!」


 俺が机の方へ目を向けると、ライゼン学校長は声を荒げた。

 しかし――――、


「なっ!?」


 俺は首元のナイフをぐいと押しながら、ライゼン学校長の身体を押し切った。


「ば、馬鹿なっ!?」


 まるで相撲による押し出し。俺は首しか使ってないけどな。


「ミスリルのナイフで傷一つ付かんだと……!?」

「……ふむふむ、これは面白い。ナタリーというハーフエルフが持つ転移装置を奪い、ナタリーを確保した後、ミナジリ共和国へと転移。その後、ミナジリ共和国にいる要人を誘拐。候補者リストはエメラ、クロード、カミナ、シュバイツシュッツ……なるほど。ミナジリ共和国を強請ゆする算段ですね? 元首ミケラルドにこれを伝え、意のままにその武力を操るつもりでしたか?」

「くっ!? 貴様何故それを知っているっ!?」

「駄目ですよ。せめてそこは伏せなくちゃ。聖騎士っていうのは、どうも真っ直ぐでいけませんね。老獪ろうかいなのは教職と武力だけですか?」


 俺はそう言いながら【闇空間】からとある紙、、、、を取り出した。


「ラ、イ、ゼ、ン、君……おっちょこちょい、と」


 そして机にあったペンを用いてそう書いたのだ。


「それは……!」

「はい、校長。これ今日の成績表、、、です。貴方の名前も足しておきましたから」

「っ!? 特別講師に渡した成績表――っ! まさかお主……!?」

「いやだなぁ、そこに特別講師の名前が書いてあるでしょう?」


 ライゼン学校長が署名欄に目を走らせ、驚愕する。


「やはりミケラルド――!」

「正解です♪ 正解者には豪華賞品プレゼント。私の首からナイフを放す権利を与えます」


 俺が笑ってそう言うと、ライゼン学校長は震える手をゆっくり放し、その場にナイフを落としたのだった。

 俺は、そんなライゼン学校長を【サイコキネシス】で持ち上げ、机の奥にある校長室の椅子に座らせた。


「くっ……」


 観念した様子のライゼン学校長は俯き、口を結ぶ。


「人を呼ばないのは流石ですね」

「ぬかせ……ここに人を呼ぼうものなら死体の山が築き上がるだけだ」

「ハハハ、そんな事はしませんよ」


 そんな勿体ない事、する訳ないだろうに。

 俺が言うと、ライゼンはハっと顔を上げ言った。


「ハリスはっ!? 見張りの者たちは無事なんだろうな!?」

「えぇ、勿論です。少々手荒にはしましたが確保した後、放流してます」

「そ、そうか……」


 ほっとした様子のライゼン学校長は、すんと鼻息を吐いてからじっと俺を見た。


「……何が目的だ?」

「これは異な事を。それを聞きたいのはこちらですよ。ナタリーを狙う計画書なんか用意してくれちゃって――――」


 途中までは軽快に喋ってはいたが、そこからは違った。

 俺はライゼン学校長を強く睨み……いつの間にか殺気を放出していた。


「っ!?!?」

「――――どういうつもりだ?」


 研ぎ澄ました殺気と魔力、ライゼン学校長への【サイコキネシス】による拘束がより一層強まる。

 顔中に脂汗を滲ませながら、ライゼン学校長の顔は恐怖に染まっていた。


「返答次第では、椅子と同化させてやるぞ」


 俺は言った直後に気付いた。

 この台詞は少し臭かったのではないか、と。

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