◆その418 観測者

 とある小屋。

 壁を背にし身体を小さくし、膝を抱える男が震える。

 歯をガチガチと鳴らし、恐怖と戦うように強く目を瞑る。


「またか」


 震える男の様子を見に来た上官らしき男が言った。

 部下の男は上官の男に言った。


「はっ、やはりあの重圧の中、監視を続けるのは困難かと」

「水龍リバイアタン……か。厄介な奴が法王国に入ったものだな」


 顎を揉む上官の男が呟く。

 すると、それを拾ったのか、今まで震えていた男がピタリと止まったのだ。

 そして、目のみをぎょろりと動かし、上官の男を見たのだ。


「……違う」


 それは否定の言葉だった。

 怪訝に思った上官と部下が男を見る。


「それはどういう事だ」


 上官の男が聞くも、男はその後また俯いてしまった。


「おい、聞いているのかっ!」


 声を荒げると、俯いた男が呟くように言ったのだ。


「水龍リバイアタンじゃ……ない。俺が見たのは別の奴だ……」


 その後、男は肩を抱き、また震え始めた。

 上官の男が、膝を折り、震える男に目を合わせる。


「水龍リバイアタン以上に強力な存在が聖騎士学校にいたというのか?」

「……忘れもしないあの黒い髪の男……!」

「黒髪の男?」

「水龍リバイアタンは俺の存在に気付いていた。しかし、俺の事を取るに足らない存在と捨て置いたんだ……だが、奴は違った。奴は、俺の視界に端々に現れ、俺をからかうように動き回った。まずいと思ったその時にはもう遅かった。奴と……目が合った……」


 頭を掻きむしり、震える男が泣くように唸る。


「奴とは一体誰なんだっ!」


 震える男の肩を掴み、上官の男が肉薄する。

 目の焦点が合わない男が上官の男を見る。否、見ようとした。

 しかし、その視線はその更に上に向かって行ったのだ。


「……あ」


 震える男から、完全に震えがなくなった時、男は間の抜けた……しかし悲鳴のような声を零した。

 直後、上官の背後からバタリという音が聞こえた。

 それは、部下の男が倒れる音だった。その時、上官の男は気付いた。自分の背後に何か恐ろしい存在がいるという事に。ぞわりと粟立つ感覚を覚えた上官の男が、恐る恐る振り返る。

 そこには膝から崩れ落ち、白目を剥く部下の男しかいなかった。

 直後、上官の男の手に振動が伝わった。

 上官の男は震える男の肩を掴んでいた。振動はそちら側から伝わったモノだった。

 再び震えていた男に視線を戻すと、その男は俯いたまま動かなくなっていたのだ。


「くっ!?」


 バッと立ち上がり、壁を背にした上官の男。

 顔を恐怖に染め、脂汗を見せながらも、上官の男はダガーを構え、未だ発見出来ない襲撃者に備えた。


「はぁはぁはぁ……!」


 荒い呼吸、激しい動悸どうき

 鋭い視線を向け警戒するも、視界には気絶した二人の男のみ。


「どこだ! どこにいる!?」


 小屋に響く恐怖に染まった声。

 上官の男が左隅に視線をやる。次に右へ。

 直後、上官の男は硬直した。部下の男が立ち上がり、上官の男を見ていたからである。


「お、おぉ! 気付いたか! 何かいるぞ、警戒しろ!」


 すると、上官の男の左端で何かが動いた。

 先の部下のように、震えていた男が立ち上がったのである。


「お前も気付いた――……!?」


 上官の男は気付いた。

 部下の男も、震えていた男も、目に、顔に色がない事を。

 色のない四つの視線が、上官の男を捉えて放さない。


「どうしたんだ、お前ら! おい! くそっ! 操られているのかっ!?」


 ジリジリと上官の男に迫る二人。


「く、来るなっ!」


 上官の男がダガーを振り払うも、二人の男は難なくそれをかわし、男の両腕を掴み拘束したのだ。


「なっ!? 馬鹿な!?」


 上官の男の戦力は二人を凌駕していた……はずだった。

 二人の戦力が上官の男を上回った理由、それは――――


「【ハンドレッド】の連中じゃないね? 奴らからの連絡は何もなかったし」


 上官の男の耳に届いた声。


「誰だっ!?」


 上官の男が声を荒げるも、


「という事は、お前たちが【刻の番人】直属の部隊って事でいいのかな?」


 声がそれに応える事はなかった。


「いやいや、流石に時間かかったね。ハンドレッドを半壊させても尻尾を見せないなんて脱帽だよ」

「ハンドレッドが半壊? 馬鹿な、ハンドレッドが欠けたという情報は入ってない!」

「そりゃそうでしょ。皆元気に活動中だし」


 ようやく反応した声。

 言いながら姿を現したのは――、


「ル、ルーク・ダルマ・ランナーッ!?」

「さっすが~♪ クラス全員の顔と名前は覚えてるみたいだね?」


 そう、三人の男たちの前に現れたのはミケラルドだったのだ。


「そうか、黒髪の男というのはお前の事か! くっ、こいつらに何をしたっ!?」

「教えるとでも?」


 ミケラルドが微笑みながら言う。


「まぁ、強化用の魔法は使いましたけどね。それ以外は黙秘って事で」

「我らがこれ程容易く術中にはまるとは……貴様、ただの貴族ではないなっ!?」

「黙秘します♪」


 ミケラルドの笑みが絶える事はない。

 暴れる上官の男だが、二人の拘束を解く事は出来なかった。


「くそ! 放せ!」

「まぁまぁ、ちょっとじっとしててください」


 ミケラルドの人差し指から鋭利な爪が伸びる。


「っ!? 魔族かっ! き、貴様もしやミケ――――!?」


 男の口が塞がれ、引っ掛かれた頬を伝う血をペロリと舐めるミケラルド。


「ようやく手にした情報源、大事に使わせてもらいますね」


 無音の悲鳴をあげる上官の男と、ニヤリと笑うミケラルド。

 これは、法王クルスの授業の前日――月夜に起こった大口リクルートである。

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