その419 侵入活劇
◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆
おかしいです。
「アリスさーん、こっち。こっちですよー」
あの存在X、一体何を考えているのでしょうか……。
小声で私を呼ぶミケラルドさんは、ホーリーキャッスル内で私を誘導する。
今は聖騎士学校の寮暮らしですが、私もホーリーキャッスルに住んで長いんです。目を瞑ったって法王陛下の部屋に行く事は可能です。
けれど、今回はそうもいかないようです。
あの人は何故か私に理由を話してくれませんが、何故私が人目を忍んでホーリーキャッスルに侵入しなくてはいけないのか。私はそれが疑問でなりません。
「ミケラルドさんっ」
「しっ」
コツコツと響く足音。どうやら巡回の兵士がいるようです。
陰から見れば、あの方は警護に熱を入れる素晴らしい兵の方。
城内ですれ違っては挨拶をしていた優しい方です。それなのに、何故彼から隠れなくてはいけないのか。
「ふぅ、どうやら気付かれなかったようです。危うく首をキュっとするところでしたよ」
「絶対しないでくださいっ!」
「え、じゃあ気付かれた時、どうやって口封じするんですか?」
何故、この存在Xはこんな整った顔でこんな恐ろしい事を言えるのでしょう?
「そもそも、何で隠れなくちゃいけないんですか……」
「だってアリスさんが壁を歩けないから……」
「普通の人は歩けないんです!」
「壁抜けも出来ないって言うし」
「それは
「聖女も似たようなものでは?」
「聖女は、人間の中でやってるんです!」
「あぁ、そういえばゴリ――あいや聖女は人間でしたね」
「今、ゴリラって言いませんでした?」
「さ、あそこを抜ければクルス殿の部屋ですよ」
はぐらかし方が雑過ぎて尊敬する程ですよ、ミケラルドさん……。
「もっと敬ってくれてもいいんですよ?」
「その笑顔、どうにかなりません?」
「なりませんとも」
駄目ですね、この人はもうそういう存在なんだと割り切るしかありません。
「……困りましたね」
「ソウデスネ」
全然困ってなさそうですが、同意しておきましょう。
「この時間は
「へぇ、あの方が騎士団のアルゴス団長……」
アルゴス団長――法王陛下が信を置く騎士団の団長です。聖騎士学校に通わず、己の鍛錬のみで
引退も近いと言われるご高齢の方ですが、皆からの信頼もあり、聖騎士団からも一目置かれる存在。
正直、あの方の目を
「仕方ない、ここは囮を使いましょう」
「囮……ですか?」
「さ、アリスさんどうぞ」
私は何のひねりもない囮でした。
「ちょ、ちょっと……どうすればいいんですかっ?」
「大丈夫大丈夫」
「わっ?」
私はミケラルドさんにトンと背中を押され、アルゴス団長の視界に入ってしまいました。
「ちょっとっ?」
振り返ると、そこには存在Xは既にいませんでした。
「む? これはアリス殿、法王陛下に御用ですかな?」
流石アルゴス団長です。私に挨拶しつつも、警戒を怠っていません。
私の挙動一つ見逃さないその眼力は、正に歴戦の騎士と言ったところでしょう。
でも、それは当然の事。ここは世界の重鎮法王陛下の自室前。
私が変装した
「あ、えっと……その」
とは思っていても、完全に焦ってしまっていて。
上手い言い訳が思い浮かびません。これは……まずいかもしれません。
「アリス殿?」
アルゴス団長の目つきが鋭くなった瞬間、法王陛下の扉が開いたのです。
「やはりアリスだったか。アルゴス、通してやってくれ」
中から現れた法王陛下は、私の来訪を知っていたかのような物言いでした。
「はっ、では」
「し、失礼します……あはは」
アルゴス団長の横を通り過ぎ、法王陛下の部屋に入る。
「アルゴス、この事は内密にな」
「かしこまりました」
法王陛下の言い方は、誤解を招くのではないでしょうか?
「え?」
部屋に入った瞬間、私は間の抜けた声を出してしまいました。
何故なら、私の目の前には法王陛下がいたのですから。
「ではな」
私の背にはアルゴス団長と話している法王陛下。私の目の前には額を抱える法王陛下。
何故、この部屋に法王陛下が二人……? っ、まさか!
後ろの扉が閉められると同時、私は横にずれて二人の法王陛下を見ました。
「……どちらがミケラルドさんですか?」
額を抱えてる法王陛下が、大きな溜め息を吐いて言いました。
「はぁ……どっちだと思う?」
「……誤解を招くような言い方をした……こちらの陛下でしょうか」
扉側にいた法王陛下が、ニヤリと笑う。
あ、このあくどい笑顔はミケラルドさんです。
「まったく、後でアイビスに何て言えばいいのか……」
そう言いながら椅子にどっと腰を下ろした法王陛下。
「『法王陛下、自室に聖女を招き入れる! まさかの熱愛発覚!?』この見出しでクロード新聞に出しても?」
「絶対許さん」
いつの間にかルークの姿に戻っていたミケラルドさんが、恐れ多くも法王陛下をからかっています。
法王陛下は私を見ながら言いました。
「いきなり現れたかと思ったら私の姿に化けて扉を開けたのだ。まさかアリスが来ていたとはな」
「す、すみません。まさかこんな入り方をするとは思わなくて」
「アリスが謝る事はない」
陛下が私を気遣い、
「そうです、誰も悪くありません」
一番悪そうなミケラルドさんが爽やかに場を濁します。
これからここで、どんな話があるというのでしょう。
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