その416 法王の授業

 三日前のジェイルが行った【基礎練】は冒険者であっても酷なものだったろう。

 未だ疲労が顔に残る中、皆精神力でなんとかやっている状況だ。

 血豆が出来ようと「剣を振れ」。腕の筋がピキっとなっても「剣で受けろ」。ジェイルや俺やリィたんからしたら当たり前の事なのだが、血反吐を吐く貴族という面白い光景を見させてもらった。

 こういう事が出来るのも回復魔法があるからなのだが、回復魔法をかけられて最初は喜んでいた者たちの目から、回復魔法の度に光が失われていったのが、とても良い思い出だ。ルナ王女でさえ、ジェイルの「また千回剣が振れるな」という言葉に乾いた笑いを浮かべていた程だ。


 そんな疲れが残る皆の前で微笑む――法王クルス。

 そして、その後ろに控えるのは聖騎士団で一番怪しい人物、、、、、

 法王クルスの人気は絶大だ。だから皆はこうして席に座らず立っている。まぁ、緊張以上の敬意からという理由もある。でも、立たない者も見受けられる。リィたんだったり、ゲラルドだったり、リィたんだったり、リィたんだったり。

 そんなリィたんを笑顔という仮面で見つめるのは、法王クルスの後ろに控える【シギュン】である。

 さて、あの視線にどんな意図が込められているのか。


「皆の者、掛けてくれたまえ。本日の前半は座学。座ってこそ集中力が高められるというものだ」


 法王クルスの言葉により、皆がようやく腰掛ける。


「私が受け持つのは魔法の応用だ。魔法の歴史と変化、有用性を学び、魔法の新たな可能性。古代の失われし魔法の再現に迫りたいと考えている。シギュン」

「はっ」


 シギュンは法王クルスのサポートで呼ばれたのか。

 何とも豪華な授業だ事。

 がしかし、これ程の実力者たちの中で生きる事こそが、平均ランクS以上という聖騎士団に入れる人材になるという事なのだろう。

 シギュンが用意した水晶にリィたんが目を細める。


「あれは……」


 あの水晶、どこかで見た事あるな。

 そう、確かギルド通信に使われていた水晶と同じものだ。

 皆を見渡した後、法王クルスが言う。


「これは、魔力鑑定の水晶。これより皆の魔力の多寡と、その属性について見させてもらう。名前を呼ばれた者からこちらへ」


 なるほど、各学生の魔力と得意魔法を調べるのか。以降の授業で必要な情報だし、魔法は剣技と違って属性が多い分、教え方が変わる。ならば魔力鑑定は必要だ。

 ……いやでも、アレは見覚えのある水晶だ。

 嫌な予感しかしない。

 過去、ギルド通信の水晶はこの世界のどこかにいる誰かに盗聴されていた。未だその犯人はわからないままだが、同じ水晶が現れたというのなら話は別だ。

 さて、どうしたものか。


「まずはキッカ君から」


 最初に呼ばれたキッカが魔力鑑定の水晶に手を触れ、魔力を放出すると、水晶は起動するように淡い光を見せた。


「ふむ、キッカ君は光魔法と火魔法か。この魔力量ならばランクSも目指せるだろう。精進したまえ」

「は、はい!」


 傾向として、人間は光魔法と火魔法が得意だ。そしてエルフは光魔法と風魔法。ドワーフは火魔法と土魔法。

 対し、魔族は闇魔法、雷魔法が得意な者が多い。勿論、あくまで傾向の話なので、ジェイルみたいに火魔法が使えたり、アンドゥのように土魔法が得意な者もいる。


「次は……ナタリー君」

「はい!」


 元気よくナタリーが返事をしたところで、リィたんが立ち上がり、ナタリーの前を歩く。


「……リィたん?」


 小首を傾げるナタリー。

 なるほど、リィたんも気付いたか。

 ならここはリィたんに任せよう。

 シギュンがリィたんに言う。


「あなたはまだ名前を呼ばれていません。さ、ナタリーさん。こちらへ」

「いや、先にやらせてもらう」

「っ、お待ちなさいっ」


 シギュンが一歩前に出るも、


「いや、確かに私も気になっていた。リィたん君からやってもらおう」


 法王クルスがそれを止めた。

 これにはシギュンも押し黙る他ない。

 リィたんが水晶に触れ、魔力を放出する。

 瞬間、魔力鑑定の水晶はピキリと音を立てて割れてしまった。

 ありゃ最初から破壊目的の魔力放出だな。


「っ!」


 その直後、シギュンが驚きを露わにする。

 あれは水晶が割れて驚いているのではない。リィたんの魔力の量にでもない。あの驚きは一体?


「……ふむ、割れてしまったか。すまんな法王」

「構わないさ。私が鑑定しようじゃないか」


 言いながら法王クルスがリィたんに手を差し出す。


「ほぉ?」


 法王クルスとリィたんの握手。

 クルスのヤツ、最初からこれが狙いだったのか?


「……なるほど、噂に違わぬ凄まじい魔力。水魔法と風魔法を巧みに扱えるようだな」

「褒めても何も出ないぞ?」

「まったく、リィたん君のあるじが羨ましいな」

「私を懐柔しようとするならミック以上になる事だな」

「ふふふ、それは難しい問題だな」


 そんな二人が話していると、シギュンがリィたんに近寄る。


「鑑定が終わったのであれば着席なさい」


 冷静に、淡々と。

 まるで色が抜け落ちたかのようなこの言い方。

 ……あ、もしかしてさっきの魔力放出で気付いたのか?

 皇后アイビスの護衛をしてたのがリィたんだったって。

 そういえば、模擬戦でコテンパンにしちゃったって話だったな。

 席に戻るリィたんの背にへばり付くシギュンの目を見て、ミケラルド君の疑問は確信へ変わるのだった。

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