その415 オルグとジェイル

 オルグの言葉に、ジェイルの固い表情から困惑が見てとれた。

 少し考えた様子のジェイル。


「……いいのか?」


 この言葉を、言葉通りに受け取る者はこの場に多いだろう。

 しかし、ジェイルの言葉の真意は違う。

 神聖騎士オルグは法王国聖騎士団の象徴とも言うべき存在だ。

 ジェイルがもしオルグに勝ってしまえば、それが揺らぎかねない。

 つまり、ジェイルは「聖騎士団の権威に亀裂が入ってもいいのか?」と聞いているのだ。

 マスタング講師が焦りながら言う。


「オルグ様……!」


 皆まで言う事は出来ない。

 ここにはその言葉の真意に気付いていない者の方が多いのだ。

 だが、マスタング講師がオルグを諫めているとは気付くだろう。

 これにより幾人かの冒険者が気付いたようだ。

 その内の一人、冒険者枠で聖騎士学校に入学した才人が立ち上がる。

 だよな、この中で、それを言えるのはルナ王女か……彼女、、くらいしかいない。


「いかがされたかな、メアリィ、、、、殿?」


 そう、立ち上がったのはエルフ族長の孫娘――メアリィだった。


「オルグ殿、貴殿の武の極致を観られるとは光栄に存じますが、それでは我らの自信を挫く結果になりかねないかと」


 なるほど、上手い言い方だ。

 一部を除き、ここにはオルグとジェイルの戦闘を見るにはまだ早い者ばかり。

 両雄の余りの凄さに自信を失う者もいるだろう。だからやめておけ……と、メアリィは言った訳だ。

 これに対しオルグ君は?


「……ご忠告痛み入ります、メアリィ殿。しかし、本気を出す訳ではありません。皆の参考になるよう務めさせて頂きます」


 なるほど、予め手を抜くと明言しておくか。

 それも一つの解決策だよな。

 これを聞いたメアリィが目を伏せ、オルグに言う。


「差し出がましい事を申しました。ではこの模擬戦、しかと見届けさせて頂きます」


 やっぱりローディやディーンの血を引いてるだけあるな。先見の明がある。

 メアリィの隣にいたナタリーが嬉しそうに、


「おっひめさま~」


 と茶化す。

 すると、メアリィが、


「でっしょー?」


 と笑う。

 まぁ、ここら辺は子供だよな。

 そんな中、オルグはくるりと木剣を回し、


「では、そういう事でよろしいかな? ジェイル殿」

「わかった」


 探りつつ確認しつつと準備に余念がない。

 流石は法王クルスが認める聖騎士団長だ。

 彼のこの判断は、あくまで法王国の事を思ってなのだろう。


「構わないかね?」


 オルグがジェイルに聞く。これは……先手を宣言したのか。


「来い」

「行くぞっ! ふっ!」


 半分くらいの速度だろうか。

 だが、これを肉眼で捉えられる者はほぼいない。

 おいおい、完全に正規組の自信を奪いにきてるじゃないか。

 ……ま、これも正規組の試練と言えるか。

 ジェイルはオルグの攻撃を受け流し、反対側へ誘導する。

 オルグは強引に身体をねじり、ジェイルの背後から斬り払う。

 ジェイルは剣を背にまわしこれを受ける。

 辺りに響く木剣と木剣の衝突音。それ以外は一切聞こえぬ異様な空間。

 だが、そんな光景を見逃せぬ者たちがいる。


「ラッツ、今何発入れた?」

「五、いや六だな」


 食い入るように見るハンとラッツ。


「うわぁ、今の下段見ましたレミリアさんっ? あんな変化アリなんですねぇ……」

「見ました。エメリーさん、揺らさないでください」


 流行を語るように言う勇者エメリーと、真顔の剣聖レミリア。


「ジェイルさん、尻尾ぴくぴくしてますね」


 レティシアは、意外なところに気付いたな。


「あれは何かしているのですか、ルーク?」

「よくお気付きですね。ジェイル先生はあの尻尾を使い、軸足をオルグ様に見せないようにしているのです」

「……そうするとどうなるんですの?」

「尻尾を足代わりにして、軸足を見せない事でオルグ様に次の行動を予測させないように動いています。これに対しオルグ様は、攻勢に回っているにもかかわらず後手に回らざるを得ない。ジェイル先生のせんにより、オルグ様のせんせんを防がれている。結果、上手い事両者に動きが見られない」

「上手い事?」

「あ、いや。何でもありません」


 ジェイルからしたら、オルグに傷を負わせられないっていう枷があるからな。こういう戦い方が最善なのだろう。

 だが、オルグがこれで終わるとは思えない。


「っ! 神聖剣、光風こうふう!」


 竜剣の竜巻とそっくりだ。


「竜剣、竜巻!」


 ジェイルはやっぱりそれで相殺させるか。


「神聖剣、魔断ち!」


 超強力な横一閃。

 これに対しジェイルは。


「喝っ!」


 筋肉とは力だと言わんばかりの剛剣。

 上段から振り下ろした一撃で、オルグの木剣が真っ二つにされてしまった。

 そう、斬り口が焦げ付く程に。

 その断面を静かな目で見つつ、オルグが言う。


「……ふむ、これまでのようだな」

「そうだな」


 切り上げ時もオルグ判断、ともなればジェイルは不満の一つでも零していいのだが、何も言わないあたり流石トカゲ師匠なのだろう。


「皆の者、励め……!」


 オルグがかっこよく締めたところで、学生たちがどっと湧く。

 オルグの称賛は勿論、ジェイルの強さに言葉を失う者もいた。

 そんな感動と感嘆の声がようやく収まった頃、ジェイルの授業が始まる。

 神聖騎士オルグと物凄い模擬戦を見せたジェイルの授業がどんなものなのか。そう心を躍らせる者も多いだろう。現に目を輝かせている者もいる。

 しかし、俺は知っている。戦闘の「せ」の字もほとんど知らない正規組が交じるこの教室。ジェイルはこう言うしかないのだ。


「基礎練だ」


 大事だよね、基礎って。

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