その393 真・世界協定1

 ミナジリ共和国に着き、馬車から降り、法王クルス自らが騎乗する。

 隣にはクリス王女とアーダインが付き、俺はいつの間にか消えている。

 ちょっとした怪奇現象だが、俺という存在は一人しか用意出来ないのだ。

 民衆たちの大歓声が法王クルス、そしてガンドフのウェイド・ガンドフ王を包む。

 ここからはジェイルが両王を迎え、イヅナと共に俺の屋敷まで護衛の任に就く。


「そう、俺の屋し……き?」


 先回りして屋敷に着いた時、俺は首をカタリと九十度曲げた。

 ……知らない屋敷――というか城があるな? 何だこれは?

 首どころか、身体をくの字、、、に曲げ百二十度くらい傾けてみても、ソレが何なのかわからなかった。


「あ、ミックー! こっちこっち!」


 ド田舎いなかにドデカく建った城。

 その尖塔の窓から手を振るのは、我が盟友――ナタリーちゃん。

 俺はひとっ跳びでその尖塔まで行った。壁にゴキブリのように張り付き、窓を覗く。


「ナニコレ?」

「お城」

「……屋敷は?」

「中庭にあるよ」


 昨今の元首は中庭に住むらしい。

 尖塔のてっぺんから中庭らしき場所を見ると、整った道の先に俺の屋敷があった。


「で、これは?」

「お城」


 ナタリーが決まった言葉しか喋らないNPCノンプレイヤーキャラのようだ。


「いつ建造したの?」

「一昨日」

「誰の指示で?」

「ミックだよ?」


 ナタリーが五文字までしか喋らない仕様になってる。

 おかしい、そんな指示を出した記憶が……?


「ごめん、ナタリー。どうやら記憶改竄かいざんされてるみたい。そんな指示を出した覚えがなくて」


 俺がニコリと笑いながらそう言うと、ナタリーはちゃんと答えてくれた。


「何言ってるの。ミックがロレッソさんに【真・世界協定】の準備じゅんびを任せたんでしょ? 各国代表の方々に失礼のないように、って」

「準備」

「準備」


 ナタリーが真顔である。


「城の建造が準備だと?」

「他に何に該当するの?」


 まるで俺が世間知らずかのようだ。


人件費おかねかかったでしょう?」

「大丈夫だよ。白金貨三千枚で収まるようにはしたから」

「その三千って数字はどこから?」

「ミックが稼いだんでしょう? 審査官だか査定官ってやつで。喜んで報告してきたじゃん」


 いつの間にか俺が稼いだお金は国庫に入ってたようだ。

 なるほど、法王白金貨――つまり外国の貨幣を国庫に入れ、ミナジリ共和国の貨幣で賃金を支払ったのか。

 ロレッソには「準備に必要な金に糸目はつけない」って言っておいたし? 「経済を回すからじゃぶじゃぶ使って」とも言っておいたし? 使う理由としてはもっともだから別にいいんだが、金の使い方に驚いた。

 流石、国家規模ともなると、個人の資産なんて一瞬で消えるなぁ。

 冒険者や商人だけじゃ限界があるだろうし、国家事業の金策を考えるべきか。


「はいミック」

「何これ?」

「正装」

「え……マジで?」

「失礼があっちゃいけないでしょう?」


 確かに、今の俺、、、を失礼と取る者もいるかもしれない。

 現にナタリーはそういう判断をした訳だ。

 まぁ、これは確かにそうかもしれないなぁ。

 そう思い、俺は正装を片手に、ナタリーに案内され城の広間まで向かったのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 正に【真・世界協定】のために造られた部屋。

 リーガル国、シェルフ、ガンドフ、法王国、リプトゥア国、そしてミナジリ共和国の六つの王や族長などの代表が座る玉座。

 今日に限って言えば、リプトゥア国はリーガル国の属国になっているし、戦後処理の関係上参加出来ないが、いずれはこちらに来てもらう予定だ。


「シェルフより、ローディ族長のおなぁ~りぃー!」


 端に座る俺の前にはジェイルをはじめ、ナタリーやクロード、エメラ、ロレッソ、それにドゥムガなど多くの仲間たちが整列し、ローディたちシェルフを迎える。列にはローディの息子のディーンとその妻アイリス。二人の娘であるシェルフ大使のメアリィ、バルト商会のバルト、護衛のクレアやダドリー。それにシェルフのギルドマスターであるリンダの顔も見えた。


「ほっほっほ」


 俺を見て驚かずにこやかな笑みを浮かべるのはローディくらいだろう。

 何故なら、シェルフの連中は俺を見て目を丸くさせているのだから。

 ローディが俺の隣に腰かけ、目を伏せる。


「他の代表の顔が目に浮かびますな」


 ニヤリと笑うローディを前にして、


「はははは……」


 苦笑という選択以外に何があろう。

 我が名はミケラルド・オード・ミナジリ――ミナジリ共和国代表の……【三歳児】である。

 そう、俺の姿は正にその三歳児なのだ。この体躯とあどけない……しかし生気の抜けた顔は、失礼がないのだろうか。俺はそれが疑問でならない。

 確かに、偽りなき姿、、、、――と言えば格好がつくかもしれないが、世界協定を結ぶべき記念ともなろう日の一発目で三歳児が「やぁ★」って、中々におかしな話だ。


「リーガル国より、ブライアン・フォン・リーガル王のおなぁ~りぃー!」


 さて、元あるじのブライアン王は、俺にどんな目を向けて来るのか。

 しかし意外な事に、ブライアン王とサマリア公爵のランドルフが一瞬目を丸くするも、すぐに笑って俺を見た。後ろにはギュスターブ辺境伯の息子であり、ミナジリ共和国のリーガル大使であるギュスターブ子爵アンドリューが並び、ドマーク商会のドマークに、後ろの方にはリーガルのギルドマスターであるディックと、シェンドのギルドマスターであるゲミッドもいた。

 俺の左隣に座ったローディの左にブライアン王が腰を下ろし、俺に言う。


「なるほど、楽しくなりそうだ」


 俺は胃に胃以上の大穴が空きそうだよ。

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