◆その392 秘技

 怒りと共に発光するシギュンの身体。

 そんなシギュンを見てキッカが指差す。


「……あれ何?」


 すると、その言葉にアイビスが答えた。


「あれが神聖騎士の真骨頂しんこっちょう。【光の羽衣はごろも】。まさか冒険者相手に聖騎士団の秘技を見せるとはな」

「光の羽衣……!」


 アリスが神々しく光るシギュンに目を奪われる。

 しかし、戦闘を続けるリィたんの目にはそんなモノはなかった。

 確かに【光の羽衣】の力もあり、リィたんの攻撃は止まった。

 シギュンの【光の羽衣】の発動と同時に、リィたんを攻撃と共に吹き飛ばしたからである。当のリィたんにダメージはない。

 涼しい顔でシギュンの動きを待っているのだ。


(さ、流石リィたんさんです……!)


 アリスはリィたんの異常な強さに畏敬の念を覚え、戦闘を見守る。

 すると、アリスの隣に座っていたラッツがアイビスに聞いた。


「あの【光の羽衣】には一体どのような効果があるのでしょうか?」

「特殊能力の【身体能力向上】。効果としてはそれと大差ない。しかし強化は【身体能力向上】の比ではない。更に武器に【退魔】の力を宿し、微量ながら【聖加護】の真似事も可能だ。とはいえ、これは【聖加護】の足下にも及ばぬがな。【光の羽衣】などと呼ばれているが、神聖騎士にそれを教えたのは他でもない剣神イヅナよ」

「っ! ではあれは、噂に名高き【剣神化】!?」

「技の伝授以降、神聖騎士により改良が加えられておる。同じとは言わぬが、原理は気脈の操作。さて、リィたんソフィア相手に通じるのやら」


 直後、ハンが目を見開く。


「仕掛けたっ!」


 練武場の中心で動いたのはシギュンだった。

 真っ直ぐにリィたんに向かい、高速の突きを放つ。

 これを大剣の切っ先で受けたリィたんだったが、既に眼前にシギュンの姿はなかった。

 一瞬の内にリィたんの背後に回ったシギュンがニヤリと笑う。


(死ね……!)


 冒険者相手に神聖騎士の切り札――【光の羽衣】を発動した。

 多くの部下たちを前に、醜態しゅうたいを晒したと言っても過言ではない。

 その一撃は、リィたんを絶命至らしめる一撃であると、シギュンは確信していた。

 歓喜に満ちた表情を見せるのもつかの間――リィたんの後頭部に突き放った一撃は空を裂く。


「……ぇ? ど、どこ!?」


 目を丸くし、キョロキョロと見渡すも、リィたんの姿はない。

 それは、大地に何かが突き刺さるような音だった。

 バッと振り返るシギュン。

 そこには、リィたんが持っていた大剣が地面に突き刺さっていたのだ。

 その奥から聞こえるコツコツという足音。

 呆気にとられるオリハルコンズが、足音の接近と共に顔を上げる。

 見上げた先にあったのは、これまでと何ら変わらぬリィたんの不敵な表情。

 すんと鼻息を吸ったアイビスが、驚きを隠しながら落ち着いた声でリィたんに言った。


「もう、よいのかえ?」

「違約金は払わなくてよさそうだが?」


 返す言葉は、あるじの命を全うしたであろう、試合終了を告げる言葉。


「確かに、【光の羽衣】を使った神聖騎士相手に、傷一つ負っていないのであれば、妾の護衛としては申し分ない。其方そなたたちも勉強になったであろう?」


 アイビスがオリハルコンズに聞く。


「まぁ、新世界は見られたよね……」


 ハンに同意を求めるように言うキッカ。


「俺が見てたのは人じゃなく線か点だったな」


 肩をすくめながら言うハン。


「貴重な体験をさせて頂きました」


 総括するラッツと、


「も、物凄かったですっ!」


 立ち上がって目を輝かせるアリス。

 アイビスが立ち上がり、練武場でポカンと口を開けているシギュンを見下ろす。


「シギュン」

「は、はっ!」


 ハッと我に返りアイビスにひざまずくシギュン。


「見事であった。今後も鍛錬を続け、わらわいてはクルス陛下を安心させておくれ?」

「ははっ!」

「そろそろ夕餉ゆうげじゃな。では皆の者、邪魔したのう」


 という言葉と共に、アイビスはオリハルコンズとリィたんを連れ、練武場を去る。

 その背を見送った騎士ストラッグが、ふっと視線を練武場へ戻す。


「っ!?」


 そこにあったのは、顔をヒクつかせ俯く――怒りに満ちたシギュンの顔だったのだ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


『ミック、あのシギュンという女。かなり強いぞ』

『それは、龍族としての言葉かい? リィたん』

『水龍リバイアタンとしての言葉だ』

『へぇ、神聖騎士はイヅナさんに迫る強さって聞いてたけど、そんなにか』

『あの場であれ以上シギュンに力を出させる訳にはいかなかった。私の【歪曲の変化】を見破られてしまうし、何より皆が危ないからな』

『お、さっすが~』

『ふっ、もっと褒めてもいいんだぞ、ミック』

『偉い偉い』

『ふふふふふ』


 ミケラルドとの【テレパシー】で、シギュンとの一戦を伝えたリィたん。

 ミックの労いの言葉により微笑むリィたんに、ミケラルドが質問する。


『でも、という事は、更なる力を隠しているって事だよね』

『うむ、そういう事だ。私の見立てではあの女、イヅナ以上に強い』

『それってつまり……ジェイルさんに近いって事じゃ?』

『余り自分の師を軽く見るものではないぞ、ミック』

『へ?』

『ナタリーもそうだが、ジェイルも先の戦争の後、更に己を追い込んでいる。何たって弟子が優秀だからな』

『はははは、そりゃ光栄だね』

『それに、イヅナも今のままでいる訳でもない。先はわからぬが、現状の私が報告出来る事はそれだけだ』

『うん、ありがとう。悪かったね、無理言っちゃってさ』

『ミック以上に泥をすすっている者を私は知らん。構わんさ』

『こっちは間もなくミナジリ共和国だよ。胃がキリキリする』

『苦労をかけるな、ミック』

『まぁ、壊れない程度に頑張ります』


 アイビスの自室前で、ミックとの【テレパシー】を終えたリィたん。

 廊下の窓から覗く月を見上げ、リィたんが小さく零す。


「まったく……人材不足にも困ったものだな」


 ミナジリ共和国の人材不足を嘆きながら、リィたんは深い溜め息を吐くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る