その315 失敬な
皇后アイビスと会ってから三日、アリスが
「隠し事? 私がアリスさんにですか?」
「えぇ! これ以上何かあっては怖いんで!」
「ないですよ?」
「絶対嘘です!」
失敬な。
隠し事をしない事で有名な男だぞ、俺は。どこで有名かは知らないが。
「じゃ、じゃあ私に言ってない事はありませんか!?」
なるほど、とても良い質問だ。
「身体を洗う時は頭からです」
「へぇ、そうなんですね……ってそうじゃないです!」
失敬な。
聞いて来たのはアリスだというのに。
「こ、これは質問を厳選しなくては……!」
「お、素晴らしい判断ですね」
「全部ミケラルドさんのせいなんですからね!」
失敬な。
こちらとしては全身全霊で答えているというのに。
レベル7をクリアしたからって調子に乗ってるな?
まぁ、あれをクリアしたんだから調子に乗っていいんだけどね。
内包する魔力も飛躍的に伸び、魔力操作も優秀。アリスは気付いてないかもしれないけど、正直、後衛としてなら
ランクSに上がるためには武闘大会での優秀な成績が必要なだけで、出会った時に既にその実力は垣間見えていた。俺はそれを引き出したに過ぎない。
『ん~』と唸りながら、アリスは質問を吟味している。
居酒屋でメニューを選ぶおっさんみたいである。因みにそれは先程俺が体現済みだ。
「ん~~~~……これです!」
どうやらアリスの質問が決まったようだ。
「ミケラルドさんの中の隠している事。これにまずランキングをつけてもらいます」
「ほうほう」
「その中の上位五個を教えてください!」
なるほど、上手い手だ。
「しかしそれは……」
「ふふん! 隠し事はないんでしょうっ?」
ドヤ顔で言うアリスには申し訳ないが、ここは言うしかないか。
「それは遠慮します」
「どうしてですか!」
「アリスさんと私に亀裂が入りかねない話だからです」
「そ、そんな酷い話なんですか……?」
ゴクリと喉を鳴らすアリス。
「かなり」
「ミケラルドさんのそんな真面目な表情、私初めて見ました……」
失敬な。
俺はいつも真面目だというのに。
「どんな話になるんでしょう。全てを話さなくとも概要だけでも」
なるほど、こう聞けばある程度はわかる。
なんとも、成長したようでおじさんはとても嬉しい。
「アリスさんにはかなりヘビーな話になるでしょう。それでも概要を聞きますか? 私の事を嫌いになるかもしれません」
「……き、嫌いになんてなりません!」
ほぉ、言い切ったな。
怖いもの見たさは誰にだってあるもの。
この場合、怖いもの聞きたさではあるが。
「私は警告しましたからね」
「わかりました……!」
覚悟は変わらないようだ。
強い意志すら感じる。
「最後に」
「はい」
「絶対怒らないでくださいね」
「怒ったりなんかしません」
「いいでしょう」
ここまで前置きしたんだ。彼女はきっと大丈夫だ。
そう思い、俺は言葉を選んで言った。
「超がつく」
「超がつく」
「ド下ネタです」
男の隠し事って大体そうだよね。
因みに隠し事第一位は、リィたんのましゅまろ太腿にもう一度頭を乗せたいという願望である。流石にそれをアリスに言う訳にもいかないからな。
長ったらしい前置きは必要だったと言えるだろう。
「ド…………へぁっ?」
長い硬直の後、顔を真っ赤にさせたアリスは、ようやく俺の言葉を呑み込んだようだった。いや、誤飲してしまったと言うべきだろう。
「な、ななななな何でそんな事言うんですかぁっ!!」
両手で顔を覆うアリスに、首を傾げる俺。
おかしい。
恥ずかしさに紛れてほんの少し怒気を感じたのは気のせいだろうか?
「いえ、アリスさんが概要でいいから言えって」
「確かに言いましたけども! 言いましたけどもぉ! 何でそんな事言うんですか!」
おかしい。二度目のフレーズだ。なるほど、ラスサビだな?
彼女はきっと歌ってるんだな。タイトルはおそらく『下ネタ魔人ミケラルド』。ふむ、とてもしっくりくる。
アリスが歌って、俺は手拍子でも担当しよう。
「ミケラルドさんなんて、大っ嫌い!」
くそ、やられた……!
嫌いにはならないとは言ったけど、大嫌いにならないとは言ってない。
最後まで見せなかった神の一手をここで出してくるとは驚きだ。
「成長しましたね、アリスさん」
「絶対私の意図せぬ成長の話をしてますよね! ね!?」
「嫌いを通り越して大嫌いとは、流石にそこまで読み切れませんでした。私も勉強させて頂きましたよ」
「だから! そうじゃ! ない!」
ガルルと犬歯を見せるアリスは、とても怒っている。
「怒りじゃなく激怒。やはり強い」
「きぃいいいいっ!」
沸騰したアリスが可愛かろうと、終わりの時は突然訪れる。
アリスの背後に立つ一人の女。それはとても見慣れた女の姿。
「……リィたん」
「へ?」
神妙な面持ちを向けるリィたんを見上げる俺と、振り返るアリス。
リィたんがここにいる事情はわからない。
クロードを介さぬという事はそれだけ緊急だという事。
「すまん、ミック」
開口一番謝罪するリィたんが何を謝っているのか、俺には理解出来なかった。
だが、これだけは言える。これは起こるべくして起こった必然であると。
リィたんに耳打ちされた後、俺は立ち上がってアリスを見る。
「……ミケラルド……さん?」
「多分、しばらくこっちに戻って来られないです」
「え? え?」
「レベル8以降をご希望なら、是非ミナジリ共和国へいらしてください。歓迎しますよ」
「ちょっと……どういう事ですか……?」
「あぁそうだ、さっきの質問ですけどね。一番いい聞き方は『私の知りたそうな事を教えてください』が正解ですよ」
「ミケラルドさん!」
「だから、世界より早く、アリスさんにはお伝えします。私、実は魔族なんですよ」
微笑んで言った俺の言葉を、アリスはどう受け取ったのだろう。
しかし、その反応を見ている余裕はなさそうである。
俺はリィたんに手を差し出し、リィたんはその手を取る。
「いいのか?」
リィたんが聞く。
「いいよ、ここから
全てが明るみになるのも時間の問題。
ならば、最初から問題を排除すればよかっただけの事。
「待って!」
アリスが立ち上がり俺に制止を促すも、
「ではまた、アリスさん」
俺は、アリスに別れの言葉を選ぶ他なかったのだった。
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