その283 法王陛下

 金の髪と小さな皺、しかしそれでも若々しい。

 さぞ昔はイケメンだったであろう、イケオジもといイケ爺。

 そんな法王クルスを前に、俺は沈黙を貫く事しか出来なかった。

 そんな空気を察したのか、それとも無意識かはわからないが、法王クルスの隣に座る皇后アイビスが口を開いた。


「無事、勇者の剣は届けてくれたようだの。礼を言うぞ、ミケラルド殿」

「冒険者としての務めを果たしたまで」


 俺がそう言うと、法王クルスがくすりと笑って俺を見た。


「なんでもミケラルド殿は二つの顔を持つと聞く。ガンドフではウェイド殿がその対応に困惑したとか?」


 ……まただ、彼は俺の行動の全てを知っている。

 剣神イヅナとの勝負はかんじゃの誰かに見られていたとしても、ガンドフでのウェイド王との謁見はある意味トップシークレットだぞ? 何故彼はそんな事まで知っている?

 そして何より、彼はそれを隠そうとしていない。

 だが、ここでそれを突っ込むのは危険な気がする。

 ここは軽いジャブで牽制けんせいといこう。


「申し訳ない、私の口からそれを申し上げる訳にはいかないのです」

「ほお、警戒しているな」


 当然だろう。このオッサン、一体何を考えている?

 すると、またすぐに皇后アイビスが助け舟を出してくれた。


「気にされるな、ミケラルド殿。これらの話は全てヒルダ、、、から聞いたもの」

「ヒルダ……? っ! もしや魔皇まこうの?」

「左様、あれは良き眼を持っているからのう」

「というと、魔眼の類でしょうか」

「千里眼……と言いたいところだが、そう万能な能力ではない」


 だよな、だとしたら俺が魔族だという事もバレているはず。

 いや、もうバレているのかもしれないけどな。


「とすると、予知眼に近い能力でしょうか」


 俺がそう言うと、アイビスは静かに頷いて言った。


「うむ、相違ない。武闘大会での防壁はあれの功績よ」


 あー、そういえばリィたんと俺が決勝で戦った時、観客が気絶しなかったな?

 それもSSダブルの実力者、魔皇まこうヒルダが準備していたのか。確かに入念な準備が出来るのであれば、俺とリィたんの魔力を外部に漏らさない程度の防障壁くらいは作れそうだ。

 そうか、元祖勇者一行である勇者レックス、剣神イヅナ、聖女アイビス、魔皇ヒルダ。勇者レックス亡き今、三人の仲は今も続いているだろう。

 剣神イヅナの安否を予知するのは当然の事……か。魔皇ヒルダはアイビスにそれを教え、アイビスがその情報を法王クルスに渡した。


「ははは、許せ。ミケラルド殿」


 そんな茶目っ気がバレたところで、法王クルスは爽やかに笑って見せた。


「いえ、こちらの浅学でした」

「ほぉ、王としてそれを認めるというのか」

「事実を受け入れれば、愚王ぐおうとは言われないかと」

「凡夫の王とも言えるのでは?」

「今着実に成長したかと」

「ふふふ、確かに。なるほど、これは頼もしい国が誕生したと言わざるを得ないな、アイビス?」


 法王クルスがちらりと皇后アイビスを見る。


「先に申したはずじゃ。わらわからも謝ろう、すまぬの。ミケラルド殿」

「いえ、勉強させて頂きました」

「さて、ここに来た理由については概ね予想は出来ている」


 そこは予知じゃないのか。

 まぁ千里眼程万能でもないって言ってたし、効率的に使えない魔眼って事なのだろう。

 俺は持っていた書状をクルスの家臣に渡し、その家臣が法王クルスにそれを渡す。

 親書を一読した法王クルスは、すっと立ち上がり俺に言った。



「立国に際し、祝辞を述べたいところだが。それを言ったところで、私はミケラルド殿の心を動かせるとは思っていない」


 物凄く単刀直入だな。清々しい程だ。


「国の代表同士だ。やはり互いの利がなければな?」


 俺に向かってニカリと笑ってウィンクした法王クルスと、


「歳を考えよ」


 的確に注意する皇后アイビス。

 渋い顔をした法王クルスが横目にアイビスを見る。

 なるほど、夫婦仲は悪くないようだな。


「コホン、場所を変えよう」


 そんな法王クルスの言われるがままに、俺は二人の後に続き、その場へ向かった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ここは……。


「法王国の練武場よ。騎士、聖騎士問わず、日夜ここで弛まぬ訓練をしている」

「弛まぬ? 私の目には中央で仁王立ちした騎士が一人見えるだけですが?」

「娘のクリスだ」


 にしては若過ぎないか?

 いや、そういう事なのか。元気だな、法王。

 アイビスの目を見るに、親子関係はなさそうだ。

 つまり、あのクリスという女騎士はきっと側室の娘。

 なるほど、そう考えれば得心がいく。


「それで、クリス殿が何故あそこに?」

「先日聖騎士になったばかりでな、是非とも他の実力者との戦闘経験を積ませたい」

「クルス殿で十分なのでは?」

「他の――と申したであろう? 私ではどうしても手心を加えてしまう。聖騎士や騎士も同じだ。王女とあって誰も真剣に戦う事が出来ない」

「なるほど、ではこれから招いた者と王女が戦うという訳ですね。相手は誰なのです?」

「我が目の前におるが?」


 キョトンとした顔の法王クルス。

 いや、まぁ流れ的にわかってはいたけどね。

 もう少し遠慮……と言うにはまだ早いか。

 法王クルスは互いの利、、、、と言った。

 ならば、俺がここで戦う事で、俺への利があるはず。

 報酬があるならば戦いましょう。それがミケラルド商店のオーナーとしての俺の役目だから。

 そう思いながら、俺は眼下に広がる練武場へと降り立ったのだった。

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